13.落ち人さん、冒険者ギルドへ行く

 希美子達は食後に出てきたレモンのシャーベットを食べ終えると店を出た。

「ジーク、野暮用って……?何処に行くの?」

「……冒険者ギルドだ」

(冒険者ギルド?!あの、有名な?!)

 希美子は前の世界で読んでいた小説を思い出す。冒険者ギルドと言えば、戦う何でも屋さんのイメージが強いが……そのイメージで合っているのだろうか……?と。

「ジークは冒険者だったの?」

「……他に何に見える」

(うん、ごめん。初対面の時に既に冒険者っぽいとは思ってた……)

 使い慣れたように剣を自分に突きつけられた時の事を思い出す希美子だったが、傭兵と言われてもちょっと違うと思った。

 何が違うと言われても何かはわからないのだけれど、傭兵よりも少し身奇麗なイメージが冒険者にはあった。

「それで、冒険者ギルドに何をしに行くの?お仕事探しに?」

 キョトンとしながら聞いてくる希美子に、ジークヴァルトは一瞬止まって、そして溜息をついた。

「その逆だ。依頼のキャンセルに行く」

「え?!」

 希美子は驚いて目を剥いた。

 冒険者のクエスト失敗やら、依頼のキャンセルには一般的に違約金が発生するものだと前世の常識が訴えている。

 そもそも、ジークヴァルトは出来ない仕事をホイホイ引き受けるような地に足が着いていない性格をしているだろうか?と。

「それって大丈夫なの……?違約金とか、ランク昇格に響いたり、信用が減ったりするんじゃないの……?」

 心配そうに己を覗き込む希美子に、ジークヴァルトは「よく知ってるじゃねぇか」と一言言ってから、隣を歩く希美子の頭をポンポンと撫でた。

「――今回に限ってその心配は無い、問題は他にある」

「……?」

 希美子が首を傾げるも、ジークヴァルトはそれ以上は何も語るつもりは無いようで、一緒に歩いていた希美子の腰に手を回すと少し引き寄せるようにして、ある建物の外階段を上がっていった。

(ここが……そうなのかな?)

 噴水広場から続く大通り沿いにその建物はあった。石造りの荘厳な建物は、希美子がイメージしていた西部劇の酒場のような冒険者ギルドとは全然違う。

 唯一イメージ通りの事と言えば、出入りする若者達の殆どが剣を腰に下げており、身体付きもガッシリとしていて、確かに戦闘職っぽい雰囲気を醸し出している。という所くらいだ。

(なんか……チラチラ見られているような……?)

 ローブのフードを目深に被っている希美子ですら何か視線のようなものを感じて居心地が悪かった。

(……でも、ジークは全然気にして無いみたい……自意識過剰なだけかな……?)

 しかし、一歩建物に入った時、そんな希美子の希望的観測は打ち砕かれた。

「おい、アレ……」

「……ああ、『ジーク』だ」

「え、Aランクの『ジーク』か?!」

 足を踏み入れると、まるで波紋のようにざわつきが広がって行った。

 しかしジークヴァルトは何も気にしていないようで、マイペースに中へと歩いて行く。

 彼に腰を抱かれた希美子は自動的に一緒に歩く事になるのだが、自分が『落ち人』という事を差し引いてもローブを目深に被っていて良かったと思った。

(っていうか……Aランクって聞こえたんだけど……)

 希美子はもちろんこの世界のギルドのランク制度がどのようになっているかなど知らなかったが、こんなに騒つくくらいなのだ。イメージと同じく最高位……その上にS級なんてものがあったとしても、十分人外レベルの実力者という事なのだろうと当たりをつけた。

(確かに……ホイホイ魔法使ってたし、その魔法だって属性とか関係なく色んなの使ってたから『この世界の人って凄いなぁ便利な生活出来てるんだなぁ』とか思ってたけど……アレって誰にでも出来るわけじゃ無いって事だよね……?)

 希美子は、ローブ越しの目線の先にカウンターらしきものがあるのに気付いて、どうやら受付までたどり着いたらしい事を知る。

「昨日ぶりです、ジークさん。依頼達成にはまだ早いと思うのですがいかがされましたか?」

「――部屋に通せ、話はそれからだ」

「……かしこまりました、既に職員がジークさんのいらした事をギルド長に報告に行ってますから大丈夫でしょう。このままご案内します。こちらへ」

 いかにも仕事が出来そうな女性の声がそう告げると、カウンターの一箇所がガコンと下がり、中へ通れるようになった。

 ジークヴァルトは希美子の腰を抱いたままそこを通ろうとしたが、立場上スルーできない職員が待ったをかけた。

「そちらの方は?」

「それも部屋で話す」

「……わかりました」

 が、一言二言交わすだけで結局スルーした。

 ――

 ――――

 階段を3階分ほど上がり、関係者以外立ち入り禁止の札の先にその部屋はあった。

 外観に相応しく、その廊下も広いものであったが、その部屋のドアは片開きで如何にも裏方を支える方々の執務室と言った入り口だった。

「ギルド長、カリーナです。Aランク冒険者『ジーク』をお連れしました。お話があるそうです、入ってもよろしいでしょうか?」

 デキル女カリーナのお伺いに、中から『いいよぉ?』とオッサンの間延びした声が返ってきて、希美子は思わずガクリと脱力しそうになった。

 ジークヴァルトに支えられていたので、そんな無様は起こさずに済んだが。

 カリーナと名乗った女性が扉を開け、ジークヴァルトを中へ促した。

 希美子ももちろん一緒に入室して行く。

「カリーナ君、ありがとね。戻っていいよぉ」

「…………」

 一瞬間を空けて、扉がガチャリと閉まる音がした。

「さてと、ジーク君?いくら君でも少し帰りが早すぎない?何かあったの?」

「ギルド長、先に椅子を勧めてください。失礼ですよ?」

「あ、そっか!ごめんごめん、座って座って?」

 ジークヴァルトは希美子の腰を引いてギルド長の座る向かいのソファに彼女を促し、先に座らせてから自分もその隣に腰かけた。

 その、一連の仕草だけでギルド長は口をポカンと開け、その脇に控えていた男は目を見開いた。

「悪いが今回の依頼はキャンセルだ」

「っえ……ええ?!どういう事?!」

 ジークヴァルトはギルド長に結論だけ先に言うと、希美子の名前を呼んだので、希美子は今度こそフードを取るタイミングだよね……?と少し自信なさげにゆっくりとローブのフードを上げた。

「え……」

「っ――これは……なるほど……」

 希美子は初めて、この建物の空間をまともに見た。

 石造りの建物だけあって、室内は少し寒々しい。希美子が座っている応接ソファの他に机一つ、それから本棚もあるが比較的閑散とした印象の室内だった。

 ギルド長らしき年配の人の良さそうな大男は、浅黒い肌と無精髭、服装もTシャツとゆったりとしたボトムスというとてもラフな格好なのに対して、脇に控えてた濃い紫色の瞳が印象的な男性は地球で言うところのスーツに近い服装だった。

 ユリウスとは違った類の綺麗な顔は、その涼やかな視線のせいでとてもクールな印象である。

「『俺の落ち人』だ、意味は――わかるな?」

 ジークヴァルトが言うと、二人は脱力したように頭を抱え出した。

 クール美形はこめかみを揉むような仕草なのに対し、ギルド長は両手で頭を抱えている。

「……まさか、このパターンは想定していませんでした」

「ホントだよ……まさかジーク君のところに落ち人様が遣わされるなんて……女神様は何考えてるの?僕もうわからないよ……」

(何も考えてなさそうだったけどな……ジークに幸せになって欲しいとは言ってたけど……)

 頭を抱える二人に言ってもいいものか迷う希美子であった。

「と、なると……今回の依頼は他を探さなくてはいけないですね」

「ええ?!やっぱり駄目?ジーク君以外に獣人国で暴れてるドラゴンの調査及び、イスターレの国境を跨ぐ前の単独打破とか出来る子、僕知らないよ?!」

「無理だろうがなんだろうが探すしかないでしょう?アンタ落ち人様に青姦させる気ですか?!」

(あ、青姦?!!)

 クールビューティから飛び出したとんでもない言葉に希美子は驚き目を剥いた……が、

(ジークと、青姦……)

 思わずジークヴァルトを期待の篭った目で見てしまい、それに気付いたジークヴァルトにペシリと頭を叩かれた。

(いや、だって……狼獣人さんと青姦って……ほら、うん……青姦……)

「いいじゃない!青姦、結構燃えるよ?!」

(だ、だよねだよね?!……した事ないけど!)

「あなたの性癖に興味はありません。落ち人様を粗雑に扱ったとなればこの国にどんな災いがあるかわからないではないですか。しいては依頼者の不利益になるという事です」

「そ、そうだよねぇ……うん、困ったなぁ……」

 そう、彼らが困っている理由はここにある。

 落ち人は不可侵の存在なのだ。その存在は何よりも優先される。

 ここ、冒険者ギルドに置いても規定がしっかりと存在しており、冒険者の元に落ち人が訪れた場合どんな依頼の最中であっても、その冒険者は依頼をキャンセルする事が可能なのだ。

 これは、落ち人の魔力回路を構築し、その魔力が安定するまでツガイは付きっ切りで彼女たちの面倒を――まあ、する事といえばセックスなのだが――見なければ落ち人が死んでしまう事に由来する。

 落ち人を保護したまま依頼を遂行しようとした者も過去には居たが、本人が死んでしまい、そのまま落ち人は行方不明となった事案も存在していた。

 そんな背景もあって、落ち人を女神から頂いたジークにギルドは決して無理強い出来ないのだ。

「悪いがそういう事だ、今日はもうコイツを休ませたい。処理は任せる、明日の昼まではこの街に居る予定だ。何かあれば呼べ――希美子行くぞ」

(あおかん……青姦……あお――)

「…………」

 ペシリと、再び希美子が叩かれた。