あの後、希美子は来た時に着ていた服に着替え、例の布を有り難く頂いた。
ジークの魔力に染まったドレスと布を彼のアイテムボックスに彼が押し込んだ時、『や、やっぱりあるんだ……?』と希美子は顔を引きつらせた。
「落ち人様の、服ですか……?今更なにを……ああ、神官長はいつも貴族街から職人を呼び寄せてますもんね」
ユリウスに今日この後の予定を聞かれた希美子達だったが、ジークヴァルトが直ぐに答えないので希美子はこれから服を見に行く旨を伝え、ついでにオススメのお店等を聞くと、少し悩んだユリウスに付いてくるように言われた。
そこは、何やら小綺麗な神官達が書類片手に優雅にお茶をしている部屋で――ユリウスが部屋に来た時めちゃくちゃ慌てていた――その中でも、どこか雰囲気がチャラそうな男前にユリウスが婦人服の店の場所を聞いたのだ。
(なんかモテオーラ放ってるもんね、この人……)
ブラウン系のブロンドヘア、襟足は短いけれど目に少し掛かった前髪が何とも軟派っぽい。
しかし、身体のラインがわかりやすい神官服のシルエットは、彼の逞しい身体をハッキリと伝えてくる。
凛々しい眉毛とくっきり二重の瞳はエメラルドグリーン、薄くは無い唇……童話実写映画に出てきそうな、少しバタ臭い王子様と言った風貌だった。
その王子様が執務机の椅子にゆったりと腰掛けて脚を組んでいる。
(すっごい……入れ食いオーラが凄い……)
希美子はモテる男も少々苦手だった。
だからと言って表情に出すような事は無い、社会人に必須の営業スマイルを意識しながら彼の言葉を待つ。
希美子は頑張る系のコミュ症なのだ。
「そうですね……何軒かありますけど、アレだよね?妙子ちゃんの感じ見てるとドレスとかより『ディアンドル』系の方がいいんでしょ?」
(え、ディアンドルって……?あと、『タエコ』ちゃんが気になるよ?!それ、日本人の名前だよね?!)
「あれ?わからない?妙子ちゃんが言ってたんだけど……?」
顎に手を置いて希美子に向き直った青年が、彼女の顔を覗き込むような仕草をした時、ユリウスの手がそれを止めた。
「ヨナス、少し近い……それからジーク、気持ちはわかりますがやめて下さい、欠損の修復は貴方が思っているよりも疲れるんですから……特にヨナスの鼻先なんて失敗したら後で面倒です。色々と」
あと、治療する時触るのも何となく嫌だな。とか思いながら言っているユリウスだったが、ヨナスはそれどころでは無い。
「――ひえっ?!」
ユリウスが止めなければヨナスの顔が其処にあったであろう位置に、ジークヴァルトの剣の先がギラリと光っているのに気がつくと、ヨナスは短い悲鳴を上げた。
男前が台無しである。
(ユリウスさんはああ言ってるけど、全然近く無いよ?!全然近く無かったよ?!元々の立ち位置から数十センチ近づいただけだよ?!)
咄嗟の事に、希美子は営業スマイルのまま固まっていた。
「そいつは何か……オーク共と同じ匂いがする。大方、雌共相手に見境なく種付けしてるクチだろうが。ユリウス、お前よくこんなのに平気で近付けるな?」
(ジーク酷いっ?!)
「概ね同意しますが……部下相手に私的な感情で動いては仕事が回らなくなりますよ」
「俺の扱い酷くないですか?!」
そう言いながらも、マジ切れとは程遠い様子のヨナスと呼ばれたこの男を見て……
(ああ、本当にモテるんだなぁ……気持ちの余裕を感じる……すごいなぁ…… )
と、しみじみ思った希美子であった。
「そうですね、まだお伝えしてませんでした。希美子さん、私にもほんの二月ほど前に女神様から『落ち人』様が贈られたのですよ」
「え、ええ?!」
希美子は驚いた。と、言う事は先ほどからヨナスが『タエコちゃん』と言っている子はやはり日本人の女の子だったと言う事で……何よりも……その、日本人の女の子は目の前の美貌の麗人の『ツガイ』と言う事になる。
(な、成る程……『神官推し』の女の子かな……?そりゃ居るよね……いやでも、彼女が『落ち人』って言う事はこの綺麗な人も出会って即ハメしたって事に……)
思わず真顔でユリウスを見て、視線が白い首筋に行き……その延長にある白い肌を晒した彼が――――
(うん、無理、この美しさのせいで直ぐに想像力が限界超えるわ)
「今日は残念ながらお会いして頂くことが叶わないのですが、ぜひ今度――そうですね、近くこのレイアの領主バッハシュタイン卿のご子息……この国の騎士団長なのですが、彼の元にも『落ち人』様がいらしたとかで、一度レイアに帰っていらっしゃるそうなんですよ」
(え、ちょっと待って?また『落ち人』?!あの女神様そんなにポコポコ落としてくるの?!……って言うか騎士団長か、うん、わかるよ。居るよね、そりゃ、『騎士団長推し』……)
「――おい、騎士団長と言や……あのオッサンか?」
「そうですよジーク、貴方も何度か一緒にお仕事をされている『あの騎士団長』です。希美子さん、妙子は騎士団長の『落ち人』様とお会いする予定です。その時、希美子さんもご一緒にいかがでしょうか?」
「え?あ……はい、会いたいです」
希美子の言葉にユリウスは微笑んだ。
「では、その時はジークを通してご連絡します。ヨナス、出来ましたか?」
「……はい、妙子ちゃんが気に入ってたデザインを中心に置いているのは此処ですね」
ユリウスはヨナスから渡されたメモに一瞬目を通すと、ジークヴァルトに手渡した。
「バッハシュタイン卿は、ずっとジークに会いたがっておりましたが、こんな形でそれが叶うとは思ってもいないでしょうね」
「……ちっ」
ジークヴァルトは舌打ちしながらそれを受け取ると、希美子の腰を抱いて退出を促した。
――
――――
――――――
再び希美子は可愛いらしいレイアの街並みを楽しんだ。
カラフルな屋根と、窓や軒先で咲き誇る花々を深く被ったローブのフードの隙間からキョロキョロと眺めている。
申請の儀が済んだ事もあり、そんな希美子をジークヴァルトが咎める事はなかった。
目的の店は、中央広場の噴水からほど近い賑やかな露店の立ち並ぶ通りにあった。
仕立てだけでは無く、古着や既製品も置いていて、希美子は神殿で貰った『準備金』を片手にアレでもないコレでもないと選んでいく。
(ディアンドルって、コレかぁ……なるほど、見たことある……確かに可愛いし動きやすそう)
希美子はまだあったことの無い『妙子』と、店を教えてくれたヨナスに感謝した。
ディアンドルはドイツの民族衣装である。
前開きで襟ぐりが深く、短い袖無しの胴衣の下にブラウスを着て、くるぶし丈のスカートの前には前掛け――エプロンが巻いてあって作業等に適した服だった。
(これなら組み合わせでお洒落出来るし……当面着回すのを買う分にはお金も足りそうだね)
国によって形は様々だが、『落ち人』には国から『準備金』という名目でお金が支給されるのだとユリウスから聞いた希美子は胸を撫で下ろした。
しかし、気付くと、希美子が可愛いと思っても値段を見て棚に戻した服や靴、下着達が、店員によって引き上げられており、最後数着に絞った希美子がジークヴァルトに意見を聞くと、彼が指差したのは希美子も気に入っていた小花をあしらった白いスカートの服だった。
(え、ジークヴァルト……実は可愛い系がお好き……?)
ジークヴァルトがそれを選んだのは、希美子が一番見ていたからである。
見ていたけれど、汚れたら嫌だなと……でも可愛いな、と思いながら最後まで残してしまったものだった。
ジークヴァルトに着替えて来るように言われ、試着室で少し悪戦苦闘しながらも何とか着られた。
胴衣の紐などは、スニーカー好きで紐の結び方を色々とネットで見ていなければとても結べなかった気がすると希美子は思った。
(うん、いいんじゃないかな?……このカンジなら……髪の毛下ろしててもいいかも、でもブラウスの襟ぐりは心許ないな……胴衣で胸が寄せ上げられて谷間が出来るし、かと言って胴衣に押さえられて大事なとこは見れないから大丈夫は大丈夫か……)
「ジーク、どうかな……」
試着室のドアを開けると、すぐ側に居たジークが希美子のその姿を見るなり希美子を試着室へ再び押し込んで、自分も中に入ってきた。
「へ?!え……ジーク?」
「……お前、自分の格好わかってんのか?」
「へ?!何か変だった?!け、結構可愛いと思ったんだけどな……似合わない?」
「似合う似合わねぇの問題じゃない」
まあ、実際は希美子にとても似合っていて可愛らしいのが問題だったのだが、ジークヴァルトはそんな事を口にするタイプではない。
「え、あ……じゃあ……何の問だ――」
その時、ジークヴァルトが希美子の唇を自分のそれで塞いだ。
「っ?!――っ……ん、んンッ?!」
突然の食らいつくようなソレは、希美子の心臓を痛いほどに高鳴らせた。
ベッドの上とは少し違う、ジークヴァルトの匂いに少し街の埃っぽさが混ざっていて、彼の固い装備が所々洋服越しに希美子の肌を押してきた。
ところどころ、少し痛くて――でもその武骨な装備が彼の日常だと思うと何故か希美子はジワジワと興奮してしまった。
夢の中にいる時のような情事の時とは違う、日常の空気をしっかりと纏った上で唇を貪られる快感は希美子の羞恥を煽ってきた。
隙間もなく塞がれた口の中で、希美子の舌を絡めとり吸い付いてはコクリと喉を鳴らしていたジークヴァルトが唇を離すと、希美子は頰を上気させて目を潤ませながらジークヴァルトを見つめていた。
「……問題が、わからねぇようなら仕方ねぇな。身を以て味わえ」