「な……んだ、これ……?」
今、希美子の目の前に広がっているのは地球で言う所の教会のチャペルのような空間だった。
そして、希美子の格好といえば――前世、希美子が着た覚えの無い、ウェディングドレスのようなレースがふんだんにあしらわれた純白のドレスを着せられていた。
(え、どうしてこんなった……?)
――
――――
記憶は無いまでも、地球ではまず経験しなかっただろうと自信を持って言えるくらいには、凄いイキ方をしたと、希美子は思っていた。
(知らない、絶対知らない!あんな……あんな、凄いの……)
落ち人とそのツガイは相性が一番だと言った女神の言葉を、希美子は思い知らされた気持ちであった。
ジークヴァルトは自分の口が悪いのを、希美子の前ではことのほか気にしている様子だけれど、そんな事は全然問題にならないと希美子は思っていた。
(あ、あんなの……天然?天然言葉責めなの……?!)
あの後、じっくりと余韻を愉しまされた後、希美子はジークヴァルトに抱き上げられてソファに寝かされていた。
浄化魔法と回復魔法、それから着てきたローブを希美子にかけた後、ジークヴァルトが何かしら呟くと部屋の中の少し篭った空気がはれた。
希美子が横になっているソファの前に腰掛けた後、静かに希美子を撫でていたジークヴァルトがその手を引いたタイミングで部屋の外から声をかけられた。
「そろそろ申請の儀をはじめようと思うのですが、よろしいですか?」
この声は先程、顔も見えなかった神官の人だな――そう、希美子が思っていると、ジークヴァルトが「入れ」と横柄に言ったので希美子は内心焦っていたが、その後――入って来た神官を見るなりピキリと固まった。
白い肌と光を受けると七色にも輝く美しい髪と、形の良い鼻筋。
伏し目がちの瞳に降りる長い睫毛、薄い唇は濡れたように魅惑的で……要約すると、まさに美貌の麗人――
(な、なんだ……?この、人外レベルの美人さんは?!)
希美子の語彙力は残念だが、まさにその通りとしか言いようが無かった。
そして、眼前の存在が醸し出す現実味の無さに固まる希美子に気付いた神官は、その美しい顔に微笑みを湛えると透き通るような声で希美子に挨拶をはじめた。
「はじめまして『落ち人』様、私はこの神殿で神官を務めております――『ユリウス』と申します、どうぞお見知り置き下さい」
(――そ、外面だ……!ぜっったい、外面だ……こんな美人がこんなに愛想がいい筈が無い……!いや、初対面だから社会人としては必要なスキルだけど……でも、こう……自分を無意識に演じるタイプだ……そんでもって無意識にストレス溜めるタイプ――)
希美子の警戒心が一瞬で跳ね上がった。
少々、考え過ぎのきらいはあるが、希美子はジークヴァルトのような裏表の無いタイプがツガイと言うだけあり、この手のタイプは苦手なのである。
希美子はソファから降りると姿勢を正して挨拶を返す。
「こちらこそ初めまして、ユリウスさん。上山希美子と申します」
「………………」
知人とツガイが外面で顔を付き合わせているその図を見たジークヴァルトが一つため息を吐いた。
――
ユリウスに促され部屋を出ると、神殿の巫女と思しき女性たちに希美子が連れていかれそうになり、ジークヴァルトが凶悪な睨みを利かせた為に巫女が二人ほど失神するという一悶着があったが、希美子の仕度をするという部屋にジークヴァルトも同行するという条件で話がついた。
着替えの際、さすがにと衝立を立てた時には――
『少しでも可笑しな真似をしてみろ、腕が胴とおさらばだ』
三人倒れた。
さすがに希美子が諌めようとすると、ジークヴァルトは悪びれもせずに「治療魔法は神殿の十八番だ。数分腕が無くたって死にはしない」と言い出したので、衝立を希美子の顔がわかる程度に低くして貰って懇々と「ショック死」と言うものの可能性について語る事になった希美子であった。
そんな事に――ジークヴァルトへのお説教に――気を取られていたので希美子は気付かなかったのだ。
こんな、ウェディングドレスのような物を着せられていると言う事に――
「な……んだ、これ……?」
こうして、冒頭の台詞である。
ジークヴァルトと共に、チャペル(仮)のレッドカーペットを歩いて行く――ヴァージンロードとは言わない、というか言えない――最奥から、ユリウスが希美子達を微笑ましそうに見ている。
(え、うん?なんだ?なんだこれ……??)
隣を歩くジークヴァルトを見ても、彼はまっすぐ前を見ながら希美子の腰に回した手でトントンと撫でるだけで何も言わない。
やがて、神官長の元へたどり着くと、ユリウスは一つ頷いて静かに、宣言するような声音で儀式をはじめた。
「『落ち人』、上山希美子――あなたは、このアントワールに於いて、女神セリスの定めた運命のツガイ『ジーク』を伴侶とする事に異はありませんか?」
希美子は「あれ?」と思う。
何故ならこう言った格式張った儀式に置いて、愛称を使う意味がわからなかったからだ。
見るからに真面目そうな彼が、この場において公私混同するとも思えない。
(えっと……本名、知らないのかな……?)
こう言った儀式で違う名前を使った時、それの影響があるのかどうかわからないので、希美子が返事し倦ねていると、腰に回されたジークヴァルトの手に、まるで返事を催促するように力が込められて、希美子は反射的に「はい!」と返事を返した。
「……――それでは、ツガイ『ジーク』は『落ち人』上山希美子へ誓いの口付けを」
(え?!確認は私にだけ?!)
こっそり、ジークの「はい」が聞けると思っていた希美子は内心ガッカリしてしまったが、ジークヴァルトが希美子の方へ向いた事に気付くと、先ほどユリウスが言った言葉を思い出して胸を高鳴らせた。
(く、口付け……!誓いの!)
ジークヴァルトが希美子の腰をグッと引き寄せ――
(――へ?)
希美子の額にキスをした。
希美子が呆けていたのも束の間、眩いばかりの光の粒がチャペル(仮)の天井から希美子達に降り注いできた。
「え、え?え?!」
やがて光の粒がスルスルと円を描くように希美子を囲み、弾けた時――希美子は自分のドレスが鮮やかな青色に染まっている事に気がついた。
「は?!え、なんで?!」
「――ジークの魔力の色ですよ」
思わずと言ったように疑問を口にする希美子に答えたのはユリウスだった。
「この誓いの儀式は、女神セリス様の奇跡を借りて『落ち人』様に『ツガイ』の『魔力の色』を受けて頂く意味合いもあるのです。完全に同じ色の魔力を持ったものは居ないとされているので、何かあった時でも希美子様のツガイがジークだと証明出来るようになります」
(落ち人申請って、書類を書くとかじゃなかったの?!女神様に申請して、女神様が証明書の代わりにマーキングのお手伝いするみたいなカンジなの?!)
『ジークの色』と言われたドレスの裾を引っ張って、その鮮やかな青を確認する希美子に、ユリウスが補足説明を続けた。
「そのドレスは、魔力の色を確認する際に使う紙と同じ繊維が使われています。『落ち人様』が、女神様のお力を通してツガイの魔力の色を受けられたか確認する意味合いで着ていただいたのですよ」
「な、なるほど……?」
そうとしか言えない希美子であった。
しかし――と、希美子は思う。
(ジークの、色……かぁ……)
「あ、あのっユリウスさん!この布って高価な物なのでしょうか?」
不意に名前を呼ばれて、一瞬、顔をキョトンとして見せたユリウスだったが、直ぐに希美子の言いたい事に思い至ると、作り物では無い悪戯っぽい微笑みで「――大丈夫ですよ」と一言添えてから言った。
「そちらの布ならジークが普段受ける依頼――一回分程度の報酬で、この祈りの間を覆うほど購入出来ます」
「おい」
「冗談ですよジーク、希美子さん、こちらの布は一巻き程差し上げます。希美子さんのように欲しいと仰る落ち人様が多いので、我々神殿の者からのお祝いとしてご用意しているものの一つですから」
今度は、希美子がキョトンとする番だった。
「お祝いって?」
「ご結婚のお祝いですよ?」
――きょとん顔が首を傾げて二つ並んだ。
「――ちっ」
「「ジーク?!」」
ジークヴァルトが舌打ちした事で、この、何か噛み合わない会話の原因に同時に思い至る二人が彼に詰め寄る。
「ジーク!貴方、もしかして落ち人様に何もご説明していないのでは無いでしょうね?!」
信じられない!という表情で詰め寄る美貌の麗人と――
「ジーク?!け、けけけけけ結婚って?!なに?!どういう事?!」
わかりやすく取り乱したちんちくりんに、ジークヴァルトは心底面倒な物を見るような、何とも言えない顔をして一言。
「確認しただろうが」
「へ?あ?!か、確認?!」
「俺は、俺のツガイになる事に異論は無いのかと聞いた筈だ」
「え、うん、異論ないよ?!」
「……ツガイってのは、そう言う事だろうが」
ジークヴァルトの言いたい事に思い至って、希美子は目を見開いた。
(そ――そうじゃん?!獣人さんの言うツガイって!ツガイって?!要はそう言う事じゃん?!!)
事ここに至って、希美子は――あの時の、ジークヴァルトの言葉がプロポーズだったのだと思い至った。
『お前は、俺のツガイになる事に異論は無いんだな……?』
そう――ジークヴァルトは確かに希美子に確認した。
それに対して、希美子は――
『私はこれから、ジークヴァルトの事、もっともっと好きになる自信があるよ!だからジークも私を好きになってよ!』
と――
(じゃあ、あの時――困ったようにジークヴァルトが笑ったのは……)
そう、プロポーズしたにも関わらず『好きになってよ!』なんて、どソッポな答えが返ってきたからである。
(そ、そそそそそ、それで――あの時……)
希美子は、『あの時』ジークヴァルトと交わした言葉を思い出す。
『……俺は、口が悪いからな』
『言ったろうが、俺は大事な女を抱いている時は喋らねぇと決めたってな』
――いつ?
『お前を抱いた時だな』
(っ――――!!)
その瞬間、希美子の顔がボボボボボッと音を立てる勢いで真っ赤に染まった。
「あ……ああ…………あっ」
「ちっ!」
その表情を見た瞬間、ジークヴァルトは舌打ちしながら希美子の頭を己の胸に引き寄せて、ユリウスから隠すように胸に抱く。
「見んな」
……何故かユリウスが威嚇された。