5.落ち人さんは悪戯する※

 希美子は、小鳥の囀りと森の朝露の湿り気を帯びたひんやりとした空気の中で目が覚めた。

「……あ、れ……?」

 身体はシャワーを浴びた後のようにサッパリとしていて、洗い立てのようなシーツの敷かれたベッドの上で、その心地よさに暫し微睡む……が。

(な、なんか……入っている……)

 そして思い出す。

 突然女神と出会ってから、異世界へ来て――狼獣人ジークヴァルトと過ごした目眩く官能のひと時を。

「え……は、え?!」

 と、言う事は、この、下半身の……希美子の中に入っている物とは何か。

 そして背中に感じる温もりの持ち主は誰か。

 希美子は若干プルプルしながら、そうっと背後を窺った。

「え、だれ?!」

 希美子を背後から抱き、大切なアソコにお邪魔してるモノの持ち主は狼ではなかった。

 獣の身体などでは無い。

 狼さんの耳も尻尾も見当たらない。

 黒髪の全裸の青年が、安らかな寝息を立てて眠っている。

「ん……」

 一瞬、その青年の眉間に皺が寄る。

「あ、なんだジークか……って、え?!」

 ジークの獣化が完全に解けている。

 出会った時にあった筈のもふもふの耳も大きな尻尾も見当たらない。

(えっと……獣化が完全に解けて、人族と変わらない姿になってるって事?どういう理屈なんだろ……?)

 それにしても……と、希美子は思う。

(ケモ耳も尻尾も無くなると『可愛い』要素皆無な分、萌えが減った筈なのにイケメンの破壊力が私のハートを殴ってくるんですけど……)

 要はドキドキし過ぎて大変だと言いたいらしい。

 起きている間、形状記憶されていた眉間の皺が無くなっているし、もちろん憎まれ口も叩かない。

 ただのイケメンが自分の後ろで、自分を抱き――しかも、アレが挿っている。

「っや……」

 希美子は無意識にキュンとソコを締め付けてしまって、そしてそれに感じてしまう。

(いやいやいやいや、ダメだって寝てる人のちんこ締め付けちゃダメだって……え、挿れたまま寝たのはジークさんですし……?ってやだやだ、ジワジワしてきた!)

 意識しはじめた途端、希美子の下半身が言う事を聞かなくなった。

(いや、ダメだって……いやでもちょっとくらい……いや……あ、きもちい……)

 希美子の中はいつしか意識的にねむるジークヴァルトのペニスをきゅ、きゅ、と締め付け出して……

(ちょ……ちょっとだけ……)

 希美子は、快楽の芽を自分の指で弄りだした。

(あ……やだ……すごい、きもちぃ……)

「ん……ふ、はっ……はあ……」

 少し、腰を揺らしてしまってもジークヴァルトが起きないのをいい事に、希美子はその行為に夢中になっていく。

 他でも無い、眠っているジークヴァルトのペニスが自分に挿りっぱなしになっていたと言う事実も興奮材料になっていた。

(ずっと……はいって、た、なんて……)

 眠る前のジークヴァルトを思い出す。

 気付いた時には突き飛ばされて、剣を向けられていた。

 俵担ぎでベッドまで運ばれた時の安定感には密かにちょっと濡れたと思う。

 ベッドに投げられたと思ったら、その口付けは凄く甘くて、優しくて――

 キスと愛撫に翻弄されている間に、気付いたら全部脱がされていた。

 あんまり優しくて、希美子の快楽だけをひたすらに引き出していくから、随分余裕のある抱き方をするのだと思ったのに――希美子にソレを宛てがった時の、あの表情――

「ふっんん――っ!っはっ……はあっ……はあっ……は……」

「随分と気持ち悦さそうだな、希美子」

 希美子が果て、余韻に浸ろうとしたその時――頭の後ろから、低い声がした。

「え、あ……じ、じぃくさん……?えっと、コレは……」

「俺のモン使って自慰に耽るとは良い度胸じゃねぇか」

「いや、あの、えっとその……きゃんっ?!」

 希美子が言い訳を思いつくよりも先に、彼女の片脚を持ち上げると、ジークヴァルトは己の欲棒をそのままに希美子を組み敷いた。

「あ……」

 人の、人族の姿で希美子を見下ろすジークヴァルトに、希美子は気を失う前とは別の興奮を覚える。

 異世界に来る前にもよく見た、男の身体――いや、実際素っ裸の男をそう何度も見る機会が彼女にあったかと言われると答えはノーなのだが。

 頰を上気させた希美子の変化にジークヴァルトが気付かない筈も無く、彼の大きな手が希美子の頰に伸びて来て、その温度を確認するように親指で撫でた。

「なるほど、獣にしか興奮出来ねぇって訳でも無さそうだな?」

「え……だって……っ……ジーク、だから……」

 目を潤ませながら言った希美子にジークヴァルトは内心舌打ちをする。

「……っとうに……てめぇはっ!」

「きゃあ?!」

 昨日のように、ゆっくりと味わうようなものではない。

 最初から、まるでラストスパートのような勢いでガシガシと激しく突いてくるジークヴァルトに希美子は目を白黒させた。

「ジーク!はっ!激し……ああっ!はやっ……はやい!ジークぅ!」

 どうしてこんなに掻き乱す、どうしてそんなに己を翻弄する。

 ジークの中に生まれた感情に、彼は呑まれないようにするのに必死だったのか。

 それとももう、受け入れるしかない事はわかっていて足掻くのか。

 希美子は訳もわからず、怒涛の如く降り注ぐ快感に怖くなって思わず縋るようにジークヴァルトに手を伸ばした。

「じ……く……んあ!」

 ジークヴァルトは伸ばされたその腕を苛立ちながらも力強く引いて、希美子を抱き締めた。

 一方、希美子の腕は迷う事なくジークヴァルトの背中に回され、彼女はジークヴァルトの腕の中で泣き声のような嬌声を上げ続ける。

(――クソッ!)

 どうしたって無理だ。

 どうしたって抗えない。

 彼女を抱く腕に力が籠る。

「じ……く、すき……っ」

(っ――クソが!)

 一際強く希美子の奥に打ち付けて、ジークヴァルトは果てた。

「きゃうっ?!」

 そして、その飛沫に希美子の欲も弾けたのだった。

 ――

 ――――

「ジーク?……おーい、ジークさーん?」

(おかしい……)

 希美子は思った。

 ジークヴァルトの様子がおかしい。

 先ほどの一発からこっち、二人向かい合って横になっているのだが、ジークヴァルトが希美子を抱き締めて離してくれない。

 希美子としてはこの状況、全くやぶさかでは無いのだが、いかんせん彼の様子がおかしい事が気にかかる。

「おー……」

「――悪かったな」

 ん?と、希美子は思う。

 何故なら謝られる事に覚えが無いからだ。

「……乱暴だったろうが」

「え……?あ、さっきの?!え?!」

 それで落ち込んでたの?!え……って言うか……逆にそれって……もしかして……?

「さっきのは、プレイの一環ではなく……辛抱堪らず激しくしちゃった。そういう事ですか……?」

だとしたら、ちょっと、いや、かなり女としては冥利に尽きるというか何というかと思いながら、希美子はジークヴァルトの返答を待った。

「…………………………」

「え、なに?!どっち?!」

「…………本気で、おめでたい脳味噌してやがんな、お前は」

 ジークヴァルトはそう言うと、何事か呟いて魔法を発動させた。

 結構な汗を掻いていた希美子だったのに、先ほど目覚めた時と同じく、まるでシャワーを浴びた後のようにサッパリとした気分になって驚く。

「……浄化魔法の応用だ」

 もぞもぞソワソワとし出した希美子に、そう言えば『落ち人』の居た世界は魔法を使うような場所では無かったのだなと思い至ったジークヴァルトが言う。

「え?魔法?!そうだ、あるって言ってた気がする!すごい!すごいジーク!」

 先程まで自分を心配そうにしていた彼女は何処へやら。

 腕の中ではしゃぎ出す希美子にジークヴァルトは色々と馬鹿らしくなってきた。

 自分は何を意固地になっているのか。内心ため息をついた後、ジークヴァルトは希美子に向き合うと静かに切り出した。

「……確認するぞ」

「え、なに?」

 すっごくライトに返された。

  一応、真剣なトーンで切り出したつもりだったのだが。

 まあ、コイツ相手に今更だ。と、ジークヴァルトは思う。

「お前は、俺のツガイになる事に異論は無いんだな……?」

「え……?」

 何を今更、と、希美子は思う。

 自分はもう、なんていうか彼の魅力に当てられてどうしようもないくらいである。

 獣人さんと言う事を差し引いても、だ。

「セックスって……」

「あ?」

「あ、いや、交尾?いや、繁殖行為?ってさ、一番深いコミュニケーション……いや、意思の疎通?が出来るものだと思うんだよね?」

 希美子はカタカナ英語が伝わるかどうかわからず、言葉を選びながらジークヴァルトに話した。ちゃんと伝えたかったからだ。

 落ち人がぽこぽこ訪れるこの世界においては全くの杞憂であるのだが、ジークは静かに希美子の言葉を聞いている。

「私は、少なくともジークの優しいトコロだとか、不器用な所だとか……そんなのを、感じたと言うか……」

「……何が言いたい?」

 んー……と、唸ってから希美子は頭上にあるジークヴァルトの顔を覗き込んだ。

「私はこれから、ジークヴァルトの事、もっともっと好きになる自信があるよ!だからジークも私を好きになってよ!」

 そう、満面の笑みで堂々と発言した希美子に、ジークヴァルトは虚を衝かれて、そして――困ったように笑った。

「え……」

「……『俺は、口が悪いからな』」

 ジークヴァルトの顔が近づいてきたかと思うとあっという間に唇を塞がれた。

 直ぐに舌を絡め取られ、優しく絡み、そしてちゅっと吸われる。

 希美子はそれだけでうっとりとさせられた。

 やがて離れた唇を希美子が目で追っていると、そこから紡がれた言葉。

 「言ったろうが、『俺は大事な女を抱いている時は喋らねぇと決めた』ってな」

 そう、確かに言っていた。

 希美子は自分が何て返したのかも覚えている。

 「…………『いつ?』」

 「お前を抱いた時だな」

 先ほどまでとは違う、ただ包み込むように希美子は抱きしめられた。