2.狼獣人さんは喋らない※

希美子、俺はお前を抱く――

 そう言われた瞬間、希美子は全身が痺れたような感覚に襲われた。

 呼吸が震えるように浅くなって、思考力までも奪われていく。

「女神に聞いてはいると思うが、お前は俺に抱かれなければこの世界に魔力が定着せずに死ぬ事になる。ここまでは聞いたか?」

 全身力が抜けたようになっている希美子は微かにコクンと頷いてジークヴァルトの言葉に肯定の意を示す。

「問題はここからだ。落ち人は皆、人族らしいがこの世界には獣人魔人に加えて妖精族なんてのも居やがる……まあ、アイツらは元々が人族に近いから問題は無いな」

 そう、何か大事な説明らしきものを続けていると言うのに、彼の手は――何か大切な物に触れるかのように希美子の頰に触れ、その親指は何か確かめるように、なぞるような動きを続けているから、希美子のぐにゃぐにゃになった身体はそれだけで元の硬さを取り戻せそうに無くて、思考も覚束ないままに彼の低い声を聞いているだけの状態だった。

「問題ってのは俺みたいな獣人と魔人は、落ち人と『本当の姿』で繋がらなければ魔力を定着させられねぇってところにある」

「ほん……とう、の……すがた?」

「人型に割かれる魔力のせいで、種としての魔力循環に問題があるからとは言われちゃいるが本当のところはわかっちゃいない。獣人も魔人も人族と同じ姿をとって生活してはいるが、ある意味で種としては正常な状態にないって事だ」

 ジークヴァルトの手が、希美子の頰から頭に移動して、今度はただ優しく撫でるような仕草に変わる。

「魔力を定着させる事に必要なのは繁殖行為。『お楽しみ』だけのお遊びじゃねぇんだと、そう言う事だな」

「はんしょく、こう……い」

 だから『ツガイ』なんだ、と希美子は思った。種を残し、一生を添い遂げる相手でなければならない、そう言う事なんだろう。

「じゅ、じんと……こどもを作る、なら……『ひとぞく』?も……そう?」

 希美子の言葉に、ジークヴァルトは一瞬虚を突かれたような表情をして、それから――はじめて、少し口角を上げた。

「っ……」

「意外と頭の回転は悪くなさそうだな」

(あっ……だめだコレ、私……死ぬわ……)

 人によっては皮肉気だと表現するであろう、その表情を見て、希美子は小刻みに震えながら悟った。

(こんな、こんな風に笑っちゃうイケメンダメよ、命がいくつあっても足りないわ。萌え死確定だわ)

 そんな希美子を無視したのか、気付いていないのか、ジークヴァルトは説明を続けた。

 彼曰く、この世界の人族と獣人が子を作ろうと思っても同じ事。

 獣人は獣化しないと子供は出来ない。

 逆に獣人同士……獣人と魔人の場合でもだが、人化する魔法を使っている者同士なら人型のまま子供を作る事が可能らしい。

「獣人や魔人の下に現れた『落ち人』の中には、それが受け入れ難いという奴もいる。そう言うヤツは魔力がこの世界に馴染めずに壮絶な死に方をする」

「う……?」

「身体の中で魔力を通す為にある管が、少しずつ閉じていく、循環出来ねぇ状態になって壊死していくらしい。見た目はかわらねぇが、本人にとっちゃ死を望むほどの苦しみらしい」

 希美子は生まれて初めて自分の特殊性癖に感謝した。

「お前は、大丈夫だと言ったが……まあ、安心しろ。ダメだった時はお前が苦しいなんて思う暇も無く俺が殺してやる」

 ここで希美子は「もしかして」と思う。

 さっき希美子に迫ったあの三択は、もしかしたら――

「……わたし、の……ため?」

「……思った通り、めでたい脳みそしてやがんな」

「え、どういう……」

「もう黙れ」

 ピシャリと言われてそのまま唇を塞がれた。

 唇が触れた瞬間、脳がジンッと痺れる感覚に希美子の瞳はジワリと涙で濡れた。

 ジークヴァルトの口付けは、やはり優しさと労わりを感じる。

 眉間の皺は形状記憶されているし、凶悪な目つきで睨まれていたのはつい先程の事なのに、その印象とまるで違う行為に、希美子は混乱で頭がおかしくなりそうだった。

 しかし、その指先が希美子の服に掛かった時――ほんの一瞬、希美子は身体を強張らせた。

 希美子の微かな反応も見逃さなかったジークヴァルトは、希美子の視線と自分のソレを交差させた後、再び希美子の額に柔らかな口付けを落とす。

 希美子の視線の先には彼の筋張った首筋が見える。そして、ふわりと香る彼の匂いにまた震えた。

「ジークヴァルトだ」

「え……」

 聞こえた言葉に希美子が反応を示すと、ジークヴァルトは希美子の頭部を支えていた手をゆっくりと抜き、両手を希美子の脇について彼女を見下ろす。

 真っ直ぐな強い視線に絡め取られ、希美子が呼吸を忘れた。

「今からお前を抱く、男の名だ」

「――っ」

 なんて、男なのだろうと希美子は思う。

 首筋に口付けられ、ぬるりと舌を這わされ、希美子の身体はビクビクと揺れた。

 出会ったばかりの筈の、彼の行動一つ一つが、希美子の胸をどうしようもなく高鳴らせる。

「っあ!」

 いつのまにか、ボタンは全て外されていて、彼の唇は下へ下へと降りていく。

 いつの間にか背中に腕を回されていたのだと気づいたのは、胸を締め付けていた下着からの解放感を感じた時だった。

(え――?!ブラとかって初めて見るんじゃないの――?)

「やんっ」

 気を取られたのも一瞬の事、胸の頂を舌に嬲られ、希美子は思わず声を上げた。

 かと思うと、中心を避けるようにゆっくりと、三本の指先が丘をなぞると、身体がぞくぞくとするので、希美子は無意識に身をよじる。

 それを窘めるように、触れるだけの口付けが一つ、また一つと落とされていく。

 希美子の身体がふたたび力を無くすと、見計らったかのように、再び柔らかな指先が艶めかしく触れ始め、希美子はその身を跳ねさせた。

「きもち……い」

 先程までの優しさと労わりだけの動きじゃない。

 ジークヴァルトの指先は、触れる場所一つ一つに快楽の道を、跡を、作っていくような――

(すごい、やらしい……こんな、こんなの無理……気持ち良すぎて、息続かな……)

 優しい口付けに解されては、艶めかしく動く指に官能を引き出される。

 その繰り返し。

(きもちよすぎて……怖くなるのに、すぐ優しくするから――)

 混乱するような快楽の波に前後不覚になりそうだった。

 すでに視界は滲んでいて、希美子が好ましいと思っている彼の顔も滲んでよく見えない。

「……きもち、い」

「…………」

「ね……なんか、いって……?」

 彼の声が聞きたいと思った。

 自分ばかり、こんなに気持ちよくて。

 そう思っていると、希美子の右瞼に柔らかな感触があって、左瞼はスッと指で涙を拭われた。

「俺は口が悪いからな」

「……?」

 そういうと、ジークヴァルトは覆い被さっていた希美子から離れて――彼女の片脚を手にとって。

 ふくらはぎに口付けた。

「大事な女を抱く時は、喋らねえって決めた」

「……いつ?」

「今だな」

「っあ――!」

 ふくらはぎから足先に唇を這わされて、強烈な快感が電気みたいに爪先まで駆け抜けた。

(――イッた……?まさか……こんな事で?)

 あまりの事に一瞬、呆然としてしまった希美子だったが、ジークヴァルトは止まらなかった。

「あっ?!や、あんっ!」

 もう既に目も当てられない程に濡れそぼっていた希美子の中心に指を差し入れてきた。

 あの、艶めかしく動くいやらしい指を。

「あっもっ、あっあっあっ――っや、早っ増やさな――ああっ!んんっ!」

 一本の指が確かめるように動いていたのも束の間、すぐに希美子の悦い場所を探り当てると指が増やされた。

 片脚は未だに唇に可愛がられながら、希美子の中心からは、ぐちゅぐちゅと卑猥な音が鳴り響きはじめて、希美子は訳がわからなくなった。

「あっ!だめ!イッちゃ……ジークっ!だめっこんなの、ね――ああ――!!」

 肉芽を吸われる感覚に、状況を理解するよりも早く希美子は再びイッた。

 ビクビクと大きく身体が振れているのに、希美子の腰はガッチリと掴まれて固定されている。

「やぁっじぃくっ!い、いって……る!からあっ」

 果てたばかりのその場所を、ともすれば痛みも走る状態になっているというのに、ジークヴァルトは希美子の中心を絶妙な加減で嬲り続けた。

 ジークヴァルトの柔らかな毛に覆われた狼の耳がピクリピクリと動く度、希美子の内腿まで愛撫されるものだから堪らない。

「やっあ、やっ!すごいのっ、すごいのきちゃうっ」

 肉芽周りをヌメヌメと刺激され、時折舌を差し入れられては人とは違うその長さに驚愕した。

「舌っすご……そんなっおく、おくぅ――!」

 奥が悦いのかとばかりに、最奥まで入れられて生き物のように蠢くそれを希美子の中心は無意識に締め付ける。

 舌はそのままにジークヴァルトの鼻先が肉芽を掠めた瞬間――希美子は三度目の絶頂を迎えた。

 肩で息をする希美子の頭を再びジークヴァルトが優しく撫でていた。

「ごめ、ジークヴァルト……」

「ジークでいい」

「っ!」

 熱を孕んだ低い声が耳元で聞こえたら、感じない女は居ないと思う、と希美子は思った。

「ジーク……」

「……このまま挿れるぞ、いいな?」

「……う……ん?!」

 ジークヴァルトの言葉にコクリと頷いたとき、希美子の中心に熱い滾りか宛てがわれ、その瞬間――希美子は戦慄した。

「あっ……アッ、は、ああ――」

「っ……」

(な、に……これ)

 希美子の口から、出したこともないような鼻に抜けた甘ったるい声が出た。

 希美子の中心にジークヴァルトのものが宛てがわれた、ただこれだけ。

 それなのに、もう、そこを中心として快感が広がりはじめた。

(こんなの、挿れたらどうなっちゃ――)

「きゃあっ!」

「っ……」

 考えている内に、ズズッとジークヴァルトが中へ入ってくる。

「あっ……あ、あぁ……は――」

 希美子の目に火花が散った。

「あ……は、くっ」

「おい、ちゃんと息をしろ」

 横になっている希美子に覆い被さったジークヴァルトが、なだめるように撫でてくるから希美子は

 縋るように彼を見てしまった。

 そして気付く。

「ジーク……」

「っ……なんだ……」

 苦しげに眉を寄せて、息を詰める彼がいた。

「……どうし、た?」

 途端、希美子の中に言いようもない程の愛しさが生まれる。

 胸の奥が温かくて、むずむずしてくるこの感覚を、希美子は知っている。

 これは――

「っ?……おい」

「…………」

 堪らなくなって、思わずジークヴァルトの首に腕を回して抱き寄せると、希美子の意図を察して受け止めるようにジークヴァルトは彼女の背中を支えた。

「す……ごいね、『ツガイ』って……」

「…………」

 突然の希美子の言葉に何を言うでもなく、ジークヴァルトはただ、背中を支える手の――その親指だけ、彼女の背中をゆっくりと撫でながら、次の言葉を待った。

 一方、希美子の方は一つ一つの言葉を、噛みしめるように――彼に伝われと、願うような、そんな切なさが囁くような声になった。

「私、……あなたが、好き」

「…………」

「会った、ばかりだけど……無理よ、もう……」

「…………」

「ジークヴァルト、私――」

 けれど、希美子は最後まで言葉にする事は叶わない――。

 他でもない、ジークヴァルトの口付けによって、その唇を塞がれたから。