異世界行ったらインキュバスさんと即えっち!35

 インキュバス二人、そのツガイが二人。四人仲良くディナーとなった、いやチーズパーティーと言ったほうが妥当だろう。

 すみれがシーザーサラダを取り分けてくれた際に、どこからともなく取り出したチーズソースで追いチーズソースしてこようとした時は、真っ青になって固まった優香の代わりにラウロが無言ですみれを止めてくれた。

「デザートがあるのだけれど、コーヒーと紅茶どっちがいいかしら……? 」

 もはやコーヒーか紅茶かは問題ではなかった。

「うふふ、昨日二人が来るって魔王城から連絡を貰って張り切っちゃったの。二人暮らしだとホールケーキはなかなか焼くこと無くて……恥ずかしいわ 」

 レアチーズケーキにフロマージュ、ニューヨークチーズケーキにスフレ……きっとあれもチーズだ。

「帰りに魔王城へ持って帰ってね、茜ちゃんにもしばらく会ってないから、うふふ 」

「はい、喜んで! 」

 料理もそうだがケーキも全てが完璧に美味しかった。最高に、完璧に、美味しかった。

「茜ちゃんに聞いたのだけれど、落ち人の多い国と友好関係が結べたんですって? 輸出品に私のチーズケーキもどうかしらって誘って貰ったの、ぜひ優香ちゃんに感想を聞きたいわ? 」

「え、落ち人の多い国なんてあるんですか? 」

 初耳だった優香は、チーズの味で麻痺した口で「感想うんぬん」のくだりを総スルー。

『必殺⭐︎話題逸らし』を発動した。

「ぅん……ッ 、魔人領からはかなり距離がある国なんだけどね……ふっ、魔法陣の設置を向こうと共同でやる事を条件に転移魔法陣も設置されるらしいんだ……ふくっ…… 」

「もう、ラウロ君? ちゃんと飲み込んでから話さないと駄目でしょう? めっ! 」

 それに気付いたラウロは笑うのを堪えるような変な歪み方をした口のまま説明したが為に、すみれに勘違いされて「めっ! 」されてしまった。

「設置されるのはイスターレ王国のレイアという街なのだけれど、落ち人が三人もいるらしいの。優香ちゃんの魔力定着が終わる頃にはみんなで遊びに行けるかしら? 」

「ん、茜チャンはもう何度か行ってるみたいだしね……隊長……いや、セラフィーノさんが良ければだけど 」

 スッ……と、場の空気が変わった。

「セラフィーノさん……? 」

 場の話題が彼に移ったにも関わらず、不自然なくらいに黙々とチーズケーキを食べ進めるセラフィーノに、何か不自然なものを感じて優香が名を呟いた。

「………… 」

 名を呼ばれてもなお、彼は何の反応も見せずに今度はコーヒーを一口飲んだ。

 まるで何も聞こえていないかのように、優香とラウロの存在すら認識していないのではないだろうか。

「ラウロさん……えっと…… 」

 まさか名を呼ぶ事が粗相にあたるなんて事も無いだろうが、不安になった優香は縋るような瞳をラウロへ向けた。

 するとラウロもまた、長い前髪の隙間からセラフィーノをし注意深く観察しているようで優香の呼び声に応えることは無かった。しかしテーブルの下、彼女の手を覆う彼の大きなそれ。微かに指先が気遣うように優香の指先を撫でた。

「すみれ、さっき俺がボードゲームをしようとセラフィーノさんに声をかけた時もこうだった 」

「何のことかしら? 」

 ────ガアンッ!!

 途端、血相を変えたセラフィーノが、すみれとラウロの間に割って入り拳を振り上げた。

「ダメよセラフィーノ待って! 落ち着いて!! 」

 蹴り飛ばされた椅子は壊れ、セラフィーノがテーブルの上に乗り上げた為に、ケーキも食器もぐちゃぐちゃになってしまった。

「フーッフーッフーッ!! 」

 歯を剥き出しにしてラウロを威嚇する銀髪の魔人は半ば覚醒姿に近い形で────禍々しい角が姿を現し、筋肉が盛り上がって先ほどよりひと回り大きくなっていた。

 そして────

「隊長、その翼はどうしたんです」

 優香を背に庇ったラウロが、彼に珍しく険しい顔をした。

「可視化前、翼の魔力自体に何も問題は無かった筈だ。どうして実態だけが、そんな無残な姿になっているんです? 」

 無残、その言葉の通りだった。インキュバスの翼は蝙蝠のソレに近い形をしている。実際優香の見たラウロの翼もそんな形をしていた。大きく、艶がある、力強い翼だった。

 ソレがどうだろう?

 完璧な覚醒では無いにしても、優香が最初に見たラウロのソレとは全然違うものがそこにはあった。

 広げられた羽は無残に引き裂かれ、翼の骨は根元からボッキリと折れているのか変な風に曲がっている。

「羽根無しとは違う、俺達インキュバスの翼が折れれば精神世界へ入る事は不可能になる筈だ 」

 それは、夢魔にとって死を意味する。

「必要な精気をアンタ、すみれに持って来させてるのか? 少しすみれに対して探る姿勢を見せただけでこうして威嚇してくるアンタが?! 落ち人に、ツガイに俺たちの真似事をさせてるのか!! 」

「ンガゥ!! 」

 ラウロの叫びに、その言葉の意味を理解しているようには到底見えない獣のような表情で吠えたセラフィーノは、脚を踏ん張り掴みかかろうとする。が、それをすみれが後ろから羽交い締めにするような形で必死に止めた。

「やめてラウロ君! セラフィーノを落ち着かせたいのよ、黙って!! 」

「アンタは黙────むぐっ?!」

「シャラップラウロ!! 」

 こちらも後ろから優香が口を塞いで黙らせた。

「んんー?! 」

「お、落ち着いてくださいラウロさん! 絶対セラフィーノさんのアレ普通じゃ無いですよね?! 異世界歴三日の私ですが、ここは一つすみれさんに一旦従ったほうがいいと思うのです! ね? 」

 よーしよしよし、と昨日自分がして貰ったようにラウロの頭を撫でながらどうにか落ち着かせよと試みる優香。

 一方すみれもセラフィーノの身体を撫でて落ち着かせているようだった。

「少し時間を頂戴……セラフィーノを、眠らせてくるから…… 」

 口の中ですみれが何かを唱えた時、カクリとセラフィーノの身体が力を失った。少しすると寝息のような息遣いが見て取れたので、彼が眠らされたのだと優香は気づき目を見張る。

「え……なん…… 」

「夢魔の力よ、それも後で話すから 」

 そう言うとすみれは軽々とセラフィーノを抱き上げて部屋を出て行った。

「………………」

「え……お姫様抱っ……ぇ……え……? 」

 優香とラウロに、若干の戸惑いを残して。