「あらあら、仲良しさんねぇ? ね、セラフィーノ? 」
広くて温かいラウロの腕に閉じ込められて、少しうっとりしてきてしまった所に突然聞こえた誰かの声。
人がいたのかと焦る優香だったが、山々に囲まれた山岳地帯の麓に位置する小さな町からも丸見えな場所でいちゃつき出したのは彼女達の方だ。
転移陣は放牧地帯と思われる緩やかな斜面の一角に繋がっていたらしく、町もそれを取り囲む山々もよく見渡せた。
と、言うことは逆も然りということだ。
「あらあら、ラウロ君ったら無視かしら? むしろアレは本当にラウロ君なのかしら……? ふふっそんなセラフィーノ、初対面の人にあった時みたいな警戒した表情しておかしいわ、ふふふっ 」
先ほどと同じく、まったりおっとりした女性の声がだんだんと近づいてくるのを感じながら優香は一人オロオロしていた。
「ら、ラウロさん……ひと、人が……! 」
「ん…… 」
ラウロの胸を指先で小さくぺちぺちと叩きながら、小声で叫ぶように言った優香にやっとラウロが反応した。
「すみれ、久しぶり……隊長も 」
彼が他人と話すとき特有のボーッとした雰囲気でマイペースに挨拶をする。
ラウロの視線に釣られるように優香が見た先に、車椅子に座る美男子とそれを支える大人の女性がいた。硬そうな銀色の短髪に鋭い瞳の美男子は警戒するような視線隠そうともしないのに、長く柔らかそうな長い黒髪をゆるく編んだ垂れ目の日本人女性はニコニコと微笑んでこちらを見ている。
「驚いた、本当にラウロ君なのねぇ。その子は……私と同じかしら? 」
にっこりと微笑みかけられて、すみれのほんわかした空気に当てられていた優香は慌てて姿勢を正した。ラウロが離してくれないので座ったままではあるが。
「は、はじめまして! 佐々木優香です! 」
「……はじめまして、すみれ・パリスです。彼は私の夫でセラフィーノ・パリスよ 」
一瞬、笑顔のまま固まったように見えたすみれは、一緒にいた車椅子の男性も優香に紹介してくれた。
感じの良いすみれに対して「ご夫婦なんですね!」とつられたように微笑んだ優香は、異世界で出会って結婚なんて素敵だなぁなんて思いながら、早くもすみれに心を開きつつあった。
優香は男性に対しての警戒心はかなり強い方だが、女性に対しての警戒心は薄い。主に、強めの女友達に守られて来たという過去があるので。
「うふふふふ、ラウロくん? 」
「…………」
「うふふふふふ、がんばってね 」
何やら無言のラウロと、そんなラウロを面白がるように微笑んでいるおっとり女性。しかし優香はそんな事に気付かず、夫婦だという二人羨ましそうに見ていた。
(すみれさん綺麗だなぁ、セラフィーノさんは無口だけど美男子だし、お似合いな夫婦だなぁ……夫婦、いいなぁ……。私も、いつかラウロと……なんて! なんて! )
一人で「キャッ」なんて言いながら顔を手で覆ってモジモジしている優香。そしてそんな優香を、何かショックを受けたような雰囲気で見ている前髪ボサボサの男。
「今日はご馳走ね! 二人とも泊まって行くでしょう? ふふ、ようこそ魔人村ストラデルラへ! 」
車椅子を支えるすみれが、満面の笑みで二人を歓迎した。
パリス夫妻の家は、放牧地帯を出てすぐの場所にあった。
「町からは離れているけど、景色もいいし気持ちがいいのよ 」
とはすみれの言葉。優香もどちらかというと、住む場所くらいは少し閑静なところがいいなぁとか思っていたクチである。
町外れのログハウスを見た時にキラキラと瞳を輝かせていた優香を見て、ラウロは本気で引退を考えはじめた。
「わあ、チーズがたくさん! 」
パリス家のキッチンにはケースの中に色とりどりのチーズが並べられていた。
「保管庫にはもっとたくさんあるわよ? 」
ふふふっと得意げに微笑んだすみれと、久しぶりの『ハロウィンカラーじゃない食材』に優香の期待は最高潮まで達した。
レタスの緑が少し強い気もするし、味見させて貰った桃が黄色かったりしたけれど、そんなのはハロウィンカラー食材を食べ続けた事に比べたら些末ごとである。
レタスを千切って水気を切ったり、ブロッコリーに似た黄緑色の野菜を茹でたりと優香もお手伝いした。
男性陣は何やら無言でチェスみたいなボードゲームに興じている。
やがてリビングにチーズの焼ける香ばしい匂いが立ち込めて、すみれが腕によりをかけたディナーが完成した。
「クリームシチューにチーズフォンデュ、焼き立てパンにラクレットチーズ、香草焼きにラザニア! たくさん食べてね! 」
全部チーズだった。
「ぉ……ぉぅ……はっ!あ、いえ、はい! うわぁ美味しそうだなぁ! 」
「あ、優香ちゃんサラダもあるわよ? 」
「えっやった…… 」
「はい、シーザーサラダ 」
全部チーズ。
クリームシチューにも隠し味のつもりかチーズが入っているし、香草焼きにもパルメザンチーズがかかっている。もちろんグラタンにも、チーズインチーズオンチーズである。
ワインとパンが美味しかった。
あとは全部チーズだった。
優香の初めての『魔人村ストラデルラ』訪問は、全てチーズに塗りつぶされた。