異世界行ったらインキュバスさんと即えっち!23

 茜猫が言葉を発すると同時、何か回線が繋がったからのような変化が起こった。

 茜猫の前方へさらさらと光の粒が現れ、人型をとって行ったと思ったら――その場に魔王エルサリオンと吸血騎士ヒューバート姿が現れた。

 優香は何となく、SF映画に出てくるような3Dホログラムに似ているなとおもった。

 すっかり拗ねたような声音で二人を責めるように話していた茜猫だったが、取り逃したという下りは元気にハツラツと言ってみた所で流しては貰えなかったようだ。

 魔王が落ち人である優香の安否を気遣ってくれた事に、茜の『ツガイ』の性格が垣間見れた優香は、少し前まで謁見の間で首を垂れていたのがなんだか幻のように思えた、が――

「優香ちゃん、寝てた! 」

(ええ?!茜ちゃん?! )

『寝てたのかよ?! 』

 そらそうなるだろう。寝てたのかよ?!で、ある。

 優香がコケて敵を取り逃したという、恥ずかしいやら申し訳無い事実を隠す為とは言え、それはあんまりというものだ。

(――ま…… )

「待って、茜ちゃん?! 私、夢の中でそれなりに頑張ってましたよね?! 」

 なんか突然のスプラッタ現場によくぞ耐えたものだと自分でも思う優香だ。

 まあ、敵を捕まえるとかそういう事に関して貢献できたかと聞かれると、決定的な邪魔をした事実しか残らない。

 言ってからすぐにそれに気付いた優香は、顔を掌で覆って身悶えた。

 ラウロはそんな優香の頭をナデナデしている。ラウロは少し癖になりつつあるようだった。

 シュンッと機械音がしたと思ったら、魔王たちの姿が消えていた。

「優香ちゃん、エルサリオン達来るって 」

 ……へ?

「――え、あ?! く、来るって……『魔王様 』がですよね? 何か準備とか…… 」

 一国の王様、しかも魔王様が部屋に来るなんて一大事なのではないかと、優香はどうするのが正解か分からないのでラウロと茜に聞こうとした。が。

「大丈夫大丈夫。『落ち人』は時に王様より優先されるんだよ? 『魔王』なんて近所のお兄ちゃんくらいに思っておけばおっけー!あ、でも私のドレスとか着てみる? 普段着ないから殆ど新品だよ? 」

 暗にいつも通りの格好で、特に準備するものも無いと言われたのに余計な事を言い出した茜猫に、優香は真っ青になった。

「絶対サイズが合わないし、ドレスなんて似合わないので着ません! なにも必要ないならいいですから! 」

「そう? ちぇ 」

「………… 」

「え、なんで二人とも不満そうなんです? 」

 優香の言葉に、ラウロも茜猫も明らかな不満が顔に出ていた。

「優香のドレス…… 」

「ドレス…… 」

「え、着ないですよ? ……いやまってください、口がひどい形になってますよ二人とも、え、まだ歪むんですか?! 」

 無言で口の歪み具合で不満を表す一人と一匹を前に、優香は最後まで折れず、結局この世界に来た時に着ていた服に着替えたのだった。

 無くしてしまったかと思っていた丸メガネ(ダテ)はラウロが亜空間にしまっていてくれたらしく、しっかりそれも装備したのだった。

「……明日、服を買いに行こう優香 」

「え、お金無いです……うーん、コレとか売れるかなぁ……? 」

「落ち人手当があるよ! 」

 ――――――

 ――――

 ――

 魔王都からもカルカテルラからも遠く、人族の国境中央にその場所は存在する。

 そびえ立つ山々は深く険しく、とても人族の手では切り開けなかったその場所に、魔王領唯一『太陽の光射す領地』があった。

 人族に気付かれないようこっそり作ったその場所は、大きな翼を持つ魔族だけが訪れる事叶うサンクチュアリとも言える場所だ。

 ここを訪れた落ち人が地球のインターラーケンに似ていると称した。

 緑豊かなその場所で、黒髪の女性が車椅子を押している。

「今日も風が気持ちいいですね、セラフィーノ。寒くは無いですか? 」

 品の良いその女性が話しかけた車椅子の男性は、鋼のような短い銀髪をサラサラと風に撫でられ穏やかに微笑む。

 しかし、言葉は発さなかった。

 彼は、数十年前に言葉を失ってしまったのだ。

「そう、私も大丈夫ですよ 」

 しかし女性はまるで彼が何か話しているかのように接する。

 セラフィーノと呼ばれた男性がふと彼女に手を伸ばした。

「ふふ、本当ですって 」

 彼女は彼の掌に頰を寄せた。自身の身体が冷えてはいないと証明する為に。

 彼女の頰を包みながら、セラフィーノの親指が

 ゆっくりと撫で続ける。

「ええ、何も不自由なんてあるものですか。ここは私が好きだった国と似てるんです、スイスのインターラーケン……魔王様のお陰で酪農も盛んになって、大好物のチーズも毎日食べられて夢みたい……セラフィーノ? 」

 彼女の発した『夢』という単語に、セラフィーノの指先が強張った。

 彼女は少し考えるような表情をした後、再び彼に優しく微笑みかける。

「大丈夫、悪い夢は私たちを追って来たりしないから。あなたがこうして、心を失ってまでも守ろうとしてくれたのだもの 」

 彼女は跪き、セラフィーノの膝に頰を寄せて、あやすように『とん……とん…… 』と彼の腿を叩く。

「悪い夢は追っては来ない、大丈夫よ 」

 ――とん……とん……

「………… 」

 ――とん……とん……

 セラフィーノの唇が、わななくように小さく開閉を繰り返す。

 ――とん……とん

「…………す……み、れ 」

 ――とん