異世界行ったらインキュバスさんと即えっち!22

「じゃあラウロ、優香ちゃん、エルサリオン達に繋ぐから優香ちゃんはここから中に入って来ちゃダメだよ! 」

 ヒューバートとラウロが戦争起こすとエルサリオンが困るからね。なんて物騒な事を言いながら仔猫に戻った茜が小さな前脚で境界を引く。

 魔力を帯びているのか微かにその線は光輝いていて、仔猫の癖に芸が細かい。

「……どうして戦争……? 」

「バスローブ一枚とか素人童貞のヒューバートに見せたら優香ちゃんの事好きになっちゃうかも知れないでしょ? 」

 キリッとしながら言う仔猫に、優香はどこからツッコミを入れればいいのか分からず固まった。

 ここにヒューバートがいれば彼の華麗なるツッコミ(物理)が炸裂しただろうが、残念と言うか幸いと言うか彼はここには居なかった。

「大丈夫! 優香ちゃんがコケたせいで取り逃した事は言わないよ! 」

「うぐっ! 」

 グサっとくる一言をあっけらかんと言われて、優香が言葉に詰まる。

 すると、精神世界へ行く際に優香が茜の指示で座っていたソファにいたラウロが、優香の手を引いて自身の膝の上へ座らせた。

「大丈夫、優香のせいじゃ無いからね 」

 そう言って再びラウロは優香の頭を撫でてきたので、先ほどまでのパニックが過ぎ去っている優香は真っ赤になって固まった。

 成人してからこの方、意中の男性に頭を撫でられた記憶なんて殆ど無い。

 優香に「付き合ってもいい」などと言っていたイケメン達にされたような記憶が、遠い記憶の片隅にチラチラとしてはいる。しかしアレとは全然違って感じた優香だった。

 まずゴツゴツした大きな手のひらが頭の上に置かれると、それだけでとんでもなく気持ちがよかった。

 次にバスローブを着ただけの男性の膝の上というのもクルものがある。

 優香も着ているものの、既に二枚しか隔たりの無いタオル地は、ラウロの体温と臨戦状態に無いイチモツの柔らかさをありありと伝えてくる。しかも膝の上に座らされた不安定な状態を、撫でている手とは別の腕がそっと支えてくれているのだが、その安定感と安心感がヤバかった。

 極め付けに耳元で囁く低くて甘い声である。

「何も気にしなくていいんだよ、大丈夫だからね 」なんて優しく言われたら、身体中ふにゃんふにゃんに力が抜けていってしまうのだ。

 もうなんか「どうにでもして」と言う気分にさせられて、優香はそのままダメになってしまいそうだった。異世界版ダメソファはここにあった。

 軽く目を回している優香の頭を撫でながら、困ったような顔でラウロは茜を見る。

 困ったような顔と言っても、ここは現実世界なので、ボサボサの前髪がその瞳をすっかり覆い隠していて雰囲気と口元でしか表情がうかがい知れないのだが。

「茜チャン? 茜チャンがアレを生け捕りにしたいような事を言っていたし、逃した所で今後アレに何が出来る訳でも無いって気を抜いたのは俺だよ。優香のせいじゃない」

「当たり前じゃん、ラウロのせいだよ! わたしは優香ちゃんのせいだなんて思ってないから言わないって言ったんだよ! 」

「うん、とても伝わり辛かったかな? 完全に『優香のせいだけど言いつけないから安心してね』って聞こえちゃうからね、今のだと 」

「えええっ?! 」

 ラウロの言葉を受けて仔猫は大きな瞳を目一杯見開いてショックを受けている。

 がーん……がーん……がーん……と凄まじく長い余韻の後、あうあう言いながら優香の顔色を伺った。

「ち……ちが……優香ちゃ、違うの……わた、わたし…… 」

 これに慌てたのは優香だった。

 小さな生き物が大きな瞳に涙を溜めて、震えながら前脚を所在無さげに動かす姿は大変な哀れを誘う。

「だ! 大丈夫だよ茜ちゃん! ちゃんとわかったから、わかったから大丈夫! ね、大丈夫! 」

 ラウロが優香の腰を離してくれないので中腰のまま、なんだか間抜けな姿で仔猫に向かって「大丈夫! 」を繰り返した。

 今にも涙が……むしろ目がこぼれ落ちそうだった仔猫が「ほ、ほんと……? 」と返したので優香は力強く何度も頷く。

「ほら、だから早くエルサリオンさん? を安心させてあげて? 」

「ぐしっ……うん、わかった。早く連絡しないとこの部屋に部隊が流れ込んで来るだろうし……ずびっ 」

「いやもう本当に早くやろうか?! 」

 小さな前脚で目元を拭った仔猫はフンッと鼻を鳴らしてキリリとした表情で何も無い空間に猫パンチした。

 ――カシャーン……

 そして何も無い空間から出てきたピンポン玉サイズのボール。

 そのボールがくるくると回って光を放つと、その光は全て茜に吸い込まれるように降り注いだ。

「あ――……」

 小さな仔猫が何か言いかけた時、浴室に声だけが響き渡った。先ほどのような不気味な響き方ではなく、古いレコーダーのようなかすれた音だった。

『あー……いや、すま―― 』

『お前が謝るのはおかしい、ヒュー。元はと言えば私が…… 』

 ん?なんだ……? 浴室に居た二人と一匹は、何か様子のおかしい二人の男性の声に首を捻った。優香はなんとなく、先ほどの吸血将軍と魔王様の声なんだろうなと思いながらも、その親密そうな雰囲気にちょっとドキドキする。

『いやお前それもおかしいだろ、お前は俺を喜ばそうと思ったんだろうが? やっぱり俺が悪い 』

『ああいや待て、お前はいつもそうやって―― 』

 え、何これ痴話喧嘩ですか? そんなツッコミを優香が理性を持って押し込めた時――どこか拗ねたような茜の声が割って入った。

「アーアーアー、テステステス。聞こえますかー? 茜ちゃんの声、聞こえてますかー? 」