『魔王軍大将以上、上位幹部二通達シマス。魔王城城内ニテ、登録記録ノ無イ上位精神体ノ発現ヲ確認。脅威レベルAクラス『始祖』レベルト推測シマス――繰リ返シマス――』
緊急事態を幹部達へつたえる魔王城の警報に反応して、それまでトライフルケーキに夢中だった茜猫がピクリと耳をそば立てた。
『続イテ――不自然ナ時空ノ歪ミヲ確認シマシタ 』
「おい、動きが早いぞ? 魔王城のセキュリティは精神体にも有効な筈だろうが、『始祖』レベルって……どこの上位アンデットだ 」
ヒューバートが悪態をついて呟いたのを、本に視線を落としたまま憂い顔の魔王が唇に指を添えて黙らせた。
『時空ノ歪ミハ――ラウロ・アッカルド氏ノ部屋デ―― 』
――ばぁんっ! と、二回りほど大きくなった茜猫が、魔王の執務机に備えられたあるボタンを押して叫ぶように言った。
「コレは『魔王の落ち人』が対応する! わたしの許可があるまで部屋には入らないように! 」
「あ、コラ茜! 」
ヒューバートの制止の声も聞かずに、今やヒョウのようなサイズとなった黒猫が執務室の扉へと走り――文字通り消えた。
「おいエルサリオン?! 」
「……茜が力を使うなら、私は何もできない」
「いやそう言うことじゃなくてだな? 」
魔王は豪華なしつらえの椅子にゆったりと深く座り直した。
「私のシステムに不備は有り得ない、脅威レベルAなら茜の敵では無い。茜は『魔王の落ち人』だからな 」
しかし、だからこそ茜が力を行使する時、魔王は魔王の力を使えない。
それこそが、普段の茜が『仔猫』というか弱い存在でならなくてはいけない理由でもあった。
「まあ、それもそうか。でも五分たっても連絡が無ければ俺が出るぞ? 」
「……ああ 」
静かに答える魔王に、ヒューバートは彼ら夫婦の生き辛さを思って舌打ちをした。
「チッ……世界の、バランスだったか? 」
「そうだ、私の――魔王と同等レベルの存在が現れれば、その裏で世界の半分の魔力を持つ生き物が『贄』となる。私の計算では十年とかからず、世界の半分の生き物が滅ぶ。『魔王』が二人存在する事を『世界』に知られる事は、決してあってはならない」
――その為に、女神セレスは茜の魂を結晶化し、人ならざる器を与えたのだから。
「……そうまでして、アンタに会いに来たツガイか。泣かせるねぇ 」
「私の予想ではヒューバート、お前に落ち人が遣わされる日もそう遠く無いとみているが? 」
魔王の言葉をヒューバートは鼻で笑った。
「ハッ!『羽無し』の魔族に? しかも吸血鬼だぞ俺は。人族には大概嫌われていると言う自負があるし、魔族としても出来損ないだ 」
「……人族から見れば君は充分な美男子であろうし、茜の話によると落ち人は吸血鬼を嫌わない 」
もどかしそうな様子で言い募る魔王に、ヒューバートは頑なだった。
「自分の血を啜る化け物を? だとしたら他の奴らが言うように落ち人様は随分と良いご趣味という事になるな? 」
「……ヒューバート、我々がそんな事を言っているうちは……この国に太陽の光が差す事は無い 」
魔人国に太陽が現れる、それは魔王の予測によると百年の内に三十人近くの落ち人が必要らしいと、以前ヒューバートは聞いていた。
「悪いが俺たち吸血鬼には、人族領みたいな太陽の光は少し堪えるんだ。願ったり――…… 」
そこまで言いかけて、ヒューバートは目の前の『友人 』の憂い顔が悲しげに伏せられた事に気付いて言葉を止めた。
「あー……いや、すま―― 」
「お前が謝るのはおかしい、ヒュー。元はと言えば私が…… 」
「いやお前それもおかしいだろ、お前は俺を喜ばそうと思ったんだろうが? やっぱり俺が悪い 」
「ああいや待て、お前はいつもそうやって―― 」
お互いがお互い、自分が悪いと言って譲らずに何やらよくわからない空気を醸しはじめた頃、おもむろに声がした。
『アーアーアー、テステステス。聞こえますかー? 茜ちゃんの声、聞こえてますかー? 』
――びくうっ?!
二人の足元にホログラムみたいな3D映像が映し出されていた。そこには仔猫に戻った茜の姿があり、二人をジトーっと見つめている。
大の男が二人、ちょっと跳ねた。
何故か、茜の声に圧を感じたので。
『魔王のお嫁さんである茜ちゃんが頑張ってた間、イチャイチャしていたらしいお二人さん聞こえてますかー? 』
「んなっ?! 」
「ち、違うぞ茜? 私はイチャイチャなんかしていないぞ?!」
オロオロと身体を屈めて茜のホログラムに話しかける魔王は、コミュ症なので言葉が下手くそだった。
ジトっとエルサリオンを見つめながら茜が言う。
『あのね、茜ちゃん頑張ってたんですが? 』
「あ、ああ! 茜はいつも頑張っている! 」
『いつもは頑張ってないです!今日も謁見の間でずっと寝てましたし! 』
ぐっ……と、魔王エルサリオンが言葉に詰まった。ヒューバートが残念な子を見る目をしている。
「それで茜、侵入者は? 」
『取り逃しました!! 』
「ッ取り逃すな! 元気に言えば良いと思うな?!ッあと、胸を張るな!! 」
何故かドヤ顔キメた仔猫にヒューバートが全力でツッコミを入れた。
「……茜、落ち人……優香は? 」
いきり立つヒューバートを無視して静かな声で聞いたエルサリオンに茜は再び元気良く答えた。
『優香ちゃん、寝てた! 』
「寝てたのかよ?! 」
『待って、茜ちゃん?! 私、夢の中でそれなりに頑張ってましたよね?! 』
遠くからラウロの落ち人『優香 』の声がして、ひとまず心配は要らなそうだとエルサリオンが茜にしかわからない程度、小さく微笑んだ。
優香の言う『夢の中』とはおそらく精神世界の事だろう。
報告してもらう必要がありそうだ。
「今からそちらへ向かう。ラウロ、問題は無いか? 」
『……了解です 』
少し間があったが、いつも通りの涼しい声音で返されたラウロの声。
エルサリオンはヒューバートと目を合わせると頷き合った。
『……やっぱりイチャイチャ 』
「してねぇ!! 」
「………… 」