異世界行ったらインキュバスさんと即えっち!11

 凄く嫌な音がした。ラウロの頭が部屋の床に減り込むようにしているし、ラウロはピクリとも動かないしで、優香は何故すぐに助けに入らなかったのかと自分を責めた。

「ラウロさ……ラウロ……らうろぉ、やだ……離してくださ、離……離してよぉ…… 」

 半ベソをかきながら、弱々しい力で必死にヒューバートの腕をラウロから引き剥がそうとする優香に気が付いて、ヒューバートは我に帰った。

 とっさにラウロが身体強化を施した事を知っているし、彼がこのくらいなんでもない事をヒューバートは知っているが、何も知らない『人族 』がこの惨状を見たと仮定して自分の失態をヒューバートは一瞬で悟った。

「あ……やべ 」

「っあ――!! ヒューが優香ちゃん泣かした――!! 」

 ラウロの頭から手を離して離れようと腰を浮かした所で突然の陳入者。

 仔猫の茜がいつの間にか扉の隙間に挟まるようにしてコチラをのぞいていた。

「いーっけないだー! いっけないんだ! えーるっさりおんにぃー言ってやろー! 」

「そのノリで言いつける相手が魔王とか! 普通はかなりエゲツねぇから俺様以外にその歌は禁止な?! あとお前なに、挟まってんの? 首、ソレ部屋に入ってこれねぇの? 」

「挟まってないもん! 」

「あ、じゃあ俺の助けなんかいらねぇな 」

「たすけてください!! 」

「ほんっとお前、猫の時ばかっぽいのな 」

「うっさい!きゅーけつしょーぐ……いたっ痛い痛い痛い痛い首ごと頭潰れるっ潰れちゃうっ 」

 小さな前脚でタップして、たしたしとギブアップの合図を送る茜猫に、『吸血騎士 』ヒューバートは茜の頭ごと気持ち閉めた扉を解放してやる。

 なお――心の扉は閉じたままなのか、扉から勢いよく飛び出した茜を見る目は『残念なモノを見る』ソレだった。

 一方、ピクリとも動かないラウロを見て、ぶつけたのは頭だし動かして大丈夫なのかわからず、とりあえずは脈をとって正常値の範囲内だし呼吸はしているだなどと、魔人相手にパニクった行動をしていた優香。

 この後、どうすればとさらにパニクる前に茜猫がラウロの頭にピョンっと乗った。

「優香ちゃんが可哀想でしょ! いつまで死んだフリしてるの! 」

「え、死んだフリ?! 」

 茜の行動もさることながら、その発言に仰天したところでラウロが何事もなかったかのようにのっそりと起き上がった。

 いつもモサモサの髪がさらにモサモサである。

「前に茜チャンが話してくれた『お姫様のキスで王子様が目覚める 』やつ? あれ、優香がしてくれるの俺待ってたんだけど……優香一体何してたの? 俺の手首触ってずっと時計みてたよね? 」

 どうやら精神世界からずっと優香を見ていたらしいラウロは、首を傾げていて。

 優香から見える前髪の隙間から覗くその瞳は、純粋な疑問の色をしていて

「み……脈を測ってました…… 」

 ――いたたまれなくなりながらも、優香は正直に答えるしかなかった。

「脈…… 」

「そうです、脈です。頭を打っていたから動かせなくて…… 」

「………… 」

「………… 」

 ――あはははははっ

 部屋にラウロの大爆笑が響き渡った。

 茜とヒューバートは何でも無い表情で見ているが、すみっこでくしゃくしゃの紙を両手で持って立っていたアルミロ少年はそのまま泡を噴いて倒れそうな顔色をしている。

 大爆笑のラウロはそのまま優香を、その広い胸に抱き込んだ。

「ラウロさっ?! 」

「あーもー俺、君と一緒にいると本当に楽しくて…… 」

 楽しげに声を弾ませたラウロに、優香は他に人がいると言って彼を止める気にもなれず、顔を真っ赤にするばかり。

「すぐに真っ赤になるところも可愛くて堪らない 」

「あ……の、ラウロ…… 」

 せめてこのまま愛を語り出しそうなその言葉だけでも注意しよう、そう思った矢先――ラウロの表情がクシャッと歪んだ。

「君を守る為なら、俺はきっと何でもしてしまう。さっきだって魔法禁止区域で広範囲魔法を行使した、何も、迷うことなく 」

(魔法禁止区域――広範囲魔法……? )

 耳慣れない言葉ながら、優香は先ほどの機械音を思い出す。

 ――『犯人ハ「ラウロ・アッカルド」ト判明 』

 チラリとヒューバートを見ると、目が合った彼が神妙な面持ちで優香に頷いた。

「落ち人に狂った魔人は、第一線ではもう使い物にならない。それでも落ち人様の恩恵をこの魔人領は必要としている 」

 そのまま続けようとしたヒューバートに、優香は待ったをかけた。

 とても気になる言葉がある。

「落ち人に……『狂う』って、どういう事ですか?」

 微かに、優香を抱くラウロの身体が強張った気がした。

「それについては……そうだな。研究熱心な魔王様によると、人族が糖分や油分を馬鹿みたいに摂取したがるのと理由は同じ……と言っていたが、そっちについては俺様がよくわかってない 」

 そう前置きしてからのヒューバートの説明を要約するとこうだ。

 要は魔人は落ち人を目の前にすると、彼らの歴史上、殆ど得る事の叶わなかった幸運を前にして絶対に逃す事が出来ない『今この愛に全力でなければ永遠に手にする事は不可能 』というような、バイアスが掛かるらしい。

 その結果、落ち人のツガイとなった魔人は狂ったように必死で愛を請うし、それを守る為ならば手段も選ばなくなるという。

 ラウロが狂った時には、より恩恵を必要とする土地へ優香も一緒に移り住む事になるらしかった。

 落ち人には魔王領から月一で『感謝金 』と、屋敷と使用人が与えられ一般的な貴族生活レベルは保証される事になるとヒューバートは説明する。

「旦那が働かないって事以外は普通の生活と変わらないさ。魔人領が合わないと言う落ち人様なら、人族の住む土地にある隠れ里へ行く選択肢もある。どちらにしろ、今日から一月はラウロに『落ち人様休暇 』が与えられる。二人でじっくり話し合ってくれ 」

 そこまで言って、ヒューバートは部屋を出て行った。

 後に残された茜猫がテトテトと優香に近づいて、その足にタシッと前足を乗せると優香を見上げた。

「大丈夫だよ、優香ちゃん。狂わない魔人もたくさんいるから! ラウロが優香ちゃんのこと大大大大好きでも、きっと大丈夫だよ。エルサリオ……魔王様も大丈夫だったから! 」

 この領で、現時点で世界で一番強いと思われる魔人を例に挙げて仔猫は去って行った。

 仔猫のお尻が部屋を出たタイミングで扉を閉められたあたり、ヒューバートは開閉係として扉の前で待っていたようだ。なお、アルミロはいつの間にか忽然と姿を消している。

「……ラウロさん? 」

「ん…… 」

 もぞりと動いたラウロに声をかけると、優香の首に埋めていた顔を挙げた。

「頭……冷やしたい。浴室に行くから、優香も少ししたら来て 」

「あ、はい…………ん? 」

 優香が何か気付くよりも先に、ラウロの身体が名残惜しげに離れて行って、彼は浴室へと消えて行った。

「え……ん? あれ……? 」

 彼は、ラウロは頭を冷やしたいから浴室へ行った。

「うん、ここまではいい 」

 少ししたら、優香にも来るようにと言って。

「え、どこに……? 」

 文脈から言って浴室にという事だろう。

「え……え、ええ――?! 」