情事を終えて優香の夢から出たラウロは、自分のベッドで眠る優香の髪を一房取ると口付けてその安らかな寝顔に優しげな瞳を向けていた。
インキュバスに生気を吸われた人間は、みな彼らの与える夢に夢中になれど、その後は少し顔色が悪くなるものだ。しかし落ち人である優香はラウロから魔力を与えられるからか、その寝顔は彼が今まで見た人族のものとは違って見える。
自分のツガイの寝顔に癒されるような気持ちになって、ラウロは顔を綻ばせた。
彼は女神に落ち人を授けられた同胞を見た事がある。
あの頃は出会ったばかりの相手に夢中になる夢魔を見て、気がしれないと思ったラウロだが――
「この感覚は、確かに落ち人を戴いた者にしかわからないか…… 」
ボサボサの前髪の隙間から覗く目を優しげに細めながら、弛んだ口元も自覚はあれどなおそうとも思わない。
普段はぼうっとしていて表情の乏しいラウロのこんな姿を見れば、部下達はきっと驚くのだろうなと、そんな想像すらもなんだか面白く思えて……自分のそんな変化にまたラウロは笑った。
「アッカルド閣下、アルミロです 」
「ああ、入っていいよ 」
ラウロは自室の扉の向こう側から聞こえた声に入室の許可を出すと、天蓋のカーテンを枕元を隠すように少し引いた。
「失礼します 」と言って入室したのは、見た目は思春期頃の少年だった。
「ファレル宰相より、明日登城するようにとの命令書が届いています 」
ラウロは冷笑を浮かべた。
「命令書とは穏やかじゃないね? 魔王陛下のサインは? 」
そう言ってラウロはアルミロと名乗った少年から『命令書』を受け取る。
「……ありません 」
「いつまで経っても吸血鬼……いや、ファレル家は気位が高い 」
「死者を眠らせることができるのは自分達だけだと思っていた種族ですから 」
「そう――まるで生きたミイラ……まあ、あながち間違いでもなかったか……なになに……? ああ、落ち人の件がもう耳に入ったんだ? ご丁寧に転移魔法陣の使用許可まで付いてるじゃない。まあ、そうだよね 」
驚くでもなく興味も無さそうな声音でラウロは言う。
長い間、落ち人に恵まれなかった魔王領が、その無知によって最初の落ち人を死なせてしまった事実は彼ら魔族に大きなショックを与える出来事だった。
そしてそれは落ち人の知識をアントワールのどの国よりも求める執念とも言うべきものに変わっていき――今では『落ち人研究』という分野において、魔王領ほど進んでいる国は無いとまで言われている。
そんな魔王領には、領土全てに張り巡らされた『落ち人発見機』とも呼べる魔道具まで存在しているのだ。
人族の国のように神殿へ行く前に、ツガイから引き離されて死んでしまう落ち人が出ない為の救済措置とは言われているが、その実態は完全なる落ち人の管理だ。
落ち人が現れればこの魔王領で隠し通す事は出来ない。かと言って、落ち人には幸せでいて貰わないとその恩恵は受けられないという事が研究でも明らかになっているので、落ち人からして不利益を被る事はほとんどない。
元は落ち人研究に取り憑かれた者が、人為的に落ち人を作る為に生体実験を行おうと、落ち人狩りする用途で作られた発見機だったものが今の魔王によって没収されたものだった。
今回、優香もその発見機に引っかかったのだろう。
「アルミロ、魔王陛下に謁見の申請をしてくれるかな? 」
「すでに許可証がこちらに……その、少し時間があったものですから…… 」
ラウロが言うと、アルミロは少し気まずげに目をさまよわせて言った。
なるほど、ラウロが優香に夢中になっている間、彼の部下はしっかりとお仕事をしていたらしい。
宰相から届いた『命令書』を確認した後、ラウロが求めるであろう仕事を予測し尚且つすでに許可証まで手元にある。
アルミロから渡された許可証を確認すると彼に向き直った。
「君が部下で本当に俺は幸運だよ、ありがとう 」
「ッ――?! 」
アルミロは戦慄した。
この部屋に入ってきた時からの事であるが、自分の上司が本物なのかと先程から内心とても動揺していたのだ。
ラウロはこんな風に部下へ感謝を述べるような夢魔では無い。
いつだって他人に関心が無さそうな、表情の読めない前髪に隠れた瞳と、変化の乏しい口元はつまらなさそうで退屈を隠そうともしてこなかった……こんなふうに穏やかに弧を描く口元など彼と二人でいる時にアルミロは見た事が無い。
「そんな表情をしないでよアルミロ、けして悪い方へ変わるつもりはない。落ち人に狂ったと言われれば彼女が良くない言われ方をするのはわかっているからね 」
「っ……しかし、急に変わられればそれだけで他の者達も動揺するでしょう。お気を付け下さい 」
「君のそういう真面目なところにいつも救われてきたからね、忠告は受けとっておくよ 」
この一瞬で二回も『あのアッカルド閣下』から感謝の言葉を貰ってしまった。アルミロは許されるならこの場で気絶してしまいたい気持ちをグッと抑える。
「では……自分は明日の準備に取り掛かりますので、閣下は休まれて下さい 」
「休む? 落ち人様を戴いたのだもの、休む暇なんか――「失礼します! 」
ついでに軽くジョークまでかまそうとした上司に、アルミロは耐えられないとばかりにラウロの言葉を遮って退出していった。常の彼なら考えられない事であったが、それ以上に今のラウロの方が異常なのだ。
まあ、もともとアルミロは夢魔ではあるのに同族同士の色事の話しなどには何故か初心なところがあるので今のはラウロが悪いのだが。
「さてと……」
ラウロはファレル宰相からの『命令書』を適当に放ると、眠る優香を見下ろすようにベッドへ乗り上げた。
「さあ優香、眠る君に悪戯してあげよう 」
なんと言っても本人が『ソレ』を嫌いじゃないというのだから、ラウロが我慢する必要など無い。
「後でまたたくさん見せてあげなきゃいけないからね 」
そう言って、ラウロが手ずから着せたナイトウェアのボタンを外していった。
溢れた胸に口付けし、薄紅色の頂を舐め吸い、下履きをスルリと抜くと脚を割らせて腰を持ち上げる。
「次はどんな夢を見せてあげようか……? 」
なんと言ってもラウロが見た優香の欲望はすごい数だったし、鉄の乗り物にぎゅうぎゅうと人が乗っている中で、毎朝同じ時間に犯されるというラウロが見た事がないようなプレイまであった。
触手植物の糸はなかなか濃かったので、優香も悦ぶだろう。まあそれはいつかここぞという時にやるとして、今は『自分』という存在を優香へ刻み付けたい。
ラウロは優香の中に、自分へ繋がる『糸』が無数に生まれる事を想像して妖しく嗤った。