29.落ち人さんとペットさん?

 ジークヴァルトがいつものように、希美子へ回復魔法と洗浄魔法をセットでかけ終えてから、ローブを着せて抱き上げる……が、時空結界の外が騒ついている事に気が付いた。

「ねぇ、アレなぁに?」

「知らねぇよ!あんなもん初めて見た!」

 ジークヴァルトは希美子を抱き上げたまま、裏路地から外へ出ると、レイアを囲む高い壁に続くようにして存在している城壁結界に沿って蔦が這い上がっている様子が見て取れた。

 普段透明なその結界は、伸びる蔦に呼応するように境界がキラキラと輝いている。

「あれは、バッハシュタイン卿の結界魔法ですね」

 ジークヴァルトが裏路地から出てくるのを待っていたかのように、ユリウス達がやってきた。

「……要は、結界を二重に張らざるを得ない状況が起こっているとそういうことか」

「そうとしか考えられません」

 その時、ジークヴァルトとユリウスの元に紙で出来た鳥――紙鳥が飛んできた。

『ユリウス君、ジーク君、緊急事態だ!すぐに冒険者ギルドに来てくれ!』

 紙で出来た鳥から先ほどまで会っていたギルド長の声がして、それだけ言い終わると紙の鳥は瞬時に炎に包まれて塵となる。

「ジーク」

「ああ、俺は最短距離を行く」

 分りましたと言うユリウスの言葉を、最後まで聞き終えることなくジークヴァルトはざわめき沸き立つ人々の間を縫うようにして駆け出すと――一足飛びにカフェの日除けカーテンを踏み台として、希美子を抱えたまま民家の上へ飛び上がると――

 ――そのまま冒険者ギルドの方向へ走り去って行った。

「や……やる事派手だねぇ……」

「さ、妙子。私達も行きますよ」

 ジークヴァルトの行動に一瞬時を止めていた人々の間を、今度は神官服を着た男女が走って行く。

 ……基準がユリウスになっていた妙子は気付いていない。

 さして意識する事もなく、脚に身体強化魔法をかけて風のように走って行く神殿の人間も充分派手だと言う事に。

「……な、何が起こってるんだ……?」

 後に残された住民達は唖然としながらその場に立ち尽くしていた。

 ――――――

 ――――

 ――

「職員は避難指示を!冒険者は誘導をお願いします!」

「貴族街から問い合わせが!」

「外からの避難民はまだ着かないのか?!転移陣は無事なんだろうな!?」

 ジークヴァルトが冒険者ギルドへ入ると、中は蜂の巣を突いたかのような騒ぎだった。

 受け付けには人が押し寄せ、カウンターの中の職員はジークヴァルトが来た事に気付かない。

「ジーク……?」

 さすがに目を覚ました希美子が、目の前の騒ぎとジークヴァルトに抱き上げられたままの状況に戸惑い声をかけるが……

「時間が無い、このまま行くぞ」

「へ……?」と希美子が間の抜けた声を上げたのと、ジークヴァルトが駆け出し飛躍したのとはほぼ同時――受け付けに押し寄せる冒険者達の上を飛び越えて――

「ジークさん?!」

 ザッ――と、音を立てて受け付けの内部へ降り立った。

「……ギルド長はどこだ?」

「っこちらです!!」

 突然の事にそれまで騒いでいた者たちが一瞬呆気に取られるも、昨日もギルド長の部屋へ案内してくれた職員の女性カリーナがいち早く立ち直りジークヴァルトに声をかけると走り出した。

 ジークは希美子を抱えたままその後に続く。

「ギルド長!A級冒険者ジークが到着しました!」

「入って!」

 カリーナが扉を開き、ジークが中へ入ると机の上が紙鳥で溢れていた。

「ジーク君大変だ!ドラゴンがこちらに向かってる!」

「……なんだと?」

(ど、ドラゴンって……あのドラゴン?!)

 希美子はこの世界のドラゴンを知らないが、小説や漫画に出てくるドラゴンのイメージ、それを思い浮かべた希美子はアレがリアルで存在したならば、生きる災害もいいところだろうと冷や汗をかいた。

 こうして大騒ぎになっている以上、自分の想像するドラゴンとこの世界のドラゴンとで大差なさそうだと希美子は不安を煽られた。

「俺の代わりに向かったとか言う職員はどうした?」

「イストール君がワイバーンの群れと鉢合わせたタイミングで現れて、それでも彼はしっかり急所を狙って攻撃したらしいんだ。それなのに落ちなかったらしくて……まだ、身体が新しかったから遠目に気付かなかったけど――アンデッドドラゴンの可能性があるってイストール君が……」

「アンデッドドラゴン?!」

 希美子達の後ろから妙子の驚く声が響いて希美子はジークヴァルトの肩越しに振り返った。

 ここに来てもまだ下ろして貰えてない希美子であった。

「アンデッドドラゴンは真っ直ぐこの街に向かっているみたいなんだ、それと、イストール君が言うには――そのアンデッドドラゴンはティムされているらしい、背中に人が乗っていた気がするって……」

「あ……アンデッドドラゴンに人が乗っても大丈夫なの……えっと、ほら、毒霧とか吐きそうなイメージなんだけど……」

(確かに……近付くだけで呪いとか受けそうなイメージだよね……)

 ギルド長の言葉に妙子が疑問を口にして、希美子が心の中で同意していると、ユリウスとギルド長が難しい表情をしていた。

「魔人の……アンデッド種、可能性があるならそれだ」

 ジークヴァルトが静かに口を開いた。

「え?!魔人?!……でもあの人たち大概引きこもりなんでしょ?え、じゃあ……魔人族が観光旅行の可能性も微レ存……」

「いるだけで人族が状態異常を起こすペットに乗ってか?随分良い趣味だ」

 そう、観光地として名高いレイアであっても客は選びたいところである。

 妙子が「え、あ……そうか……えぇ……?」と首を捻っているのを尻目にジークヴァルトはギルド長へ向き直った。

「まあいい、俺はその傍迷惑な観光客の相手をしてくる。アンタはバッハシュタインに魔人領へのクレームは早めにしろと伝えておけ――それから、ギルドの屋上を借りる。少しの間、結界を閉じるのを待てと伝えろ」

「え?!屋上って事は……」

 ジークヴァルトの言葉にギルド長がギョッとしたように冷や汗をかいている。

「ペットの使用許可――出ているんだろう?今回のは白いヤツだ、間違って攻撃するんじゃねぇぞ」

「ええええっ……ジーク君、今は紛らわしいよう……」

「うるせえ、早く仕事しろ」

 それだけ言い残してギルド長の部屋をさっさと出て行くと、後に残されたギルド長は慌てて紙鳥を掻き集めていた。

「ジーク……」

「……お前は俺から離れるな」

 ジークヴァルトは視線を前に廊下を歩いていたが、希美子を抱く腕に力が籠ったので、希美子はそれ以上は何も言わずにジークヴァルトの肩に腕を回した。

(うう……下ろして貰えない……でも、私一人完全に足手纏いのお荷物だし、初対面の時みたいな俵担ぎされないだけ……うん。それにしても屋上へ行って何をするんだろう……?)

 すぐ後ろを歩いている妙子達を恥ずかしくて見れない……いや、純粋な意味での恥ずかしい、だ。

 階段を何度か登って、やがて冒険者ギルドの屋上へたどり着く。

 この建物はこの辺りでは一番高い建物なのか、レイアの美しい夕焼けの街並みを一望出来た。

 ジークヴァルトは徐にアイテムボックスと思われる亜空間を開いていくつか装備を取り出す。

 胸当てを希美子に当てて確認すると、不機嫌そうに眉間の谷を深くして一言――

「少しでけぇ、引っこめろ」

「え?!久しぶりの暴君発言だね?!びっくりしたぁ」

 どうやら胸当てをさせたいのにサイズの合うものがないらしい。

 トップに合わせると他がブカブカになってしまう。

「……ジークは装備にあまり拘りませんからね、それだってダンジョンの出土品でしょう?」

「希美子ちゃん!私の貸してあげるよ!」

 ユリウス達も装備を引っ張り出して身につけていた所、恥ずかしい会話を聞かれて希美子はいた堪れなくなっていた。

 妙子は予備の装備を自分のボックスから出して希美子に渡してくれた。

 ジークヴァルトもこれに関しては文句も無かったらしく、静かなものだったので希美子はいそいそと既に装備を身に付けた妙子に教えて貰いながら装備したのだが……少々胸元が苦しそうだった。妙子はそんな希美子の姿を見て、しょっぱい表情でジッと胸元を見ながら低めの声で希美子に言った。

「……『少しでけぇ、引っこめろ』」

「えええっ?!妙子ちゃん?!」

 何やら落ち込んだように肩を落とした妙子を、美貌の麗人ユリウスさんがちょっとおどおどしながら励ましていた。

「うう……希美子ちゃん、まだ何も食べてないよね?さっき買っておいたやつ、渡しておくね?」

「ありがとう……」

 二度の暴言を受けたのは希美子なのだが、何やら落ち込む妙子に希美子は何と声をかけて良いのかわからず、ただお礼を言って受け取った。

「――え……?」

 突然、後ろから眩しい青白い光が射した。

 希美子が驚いて振り向くと、ジークヴァルトが何かを呟きながら屋上の上に突如出現した光輝くサークルに片手を翳している。

 ジークヴァルトが何かを呟く毎に、そのサークルに文字が浮かんで行き、その文字を巻き取るようにサークルが回転していく。

 徐々に光は強くなって行き――

 ――希美子はその様に思わず見惚れてしまった。

「……綺麗」

 やがてジークヴァルトが唇を引き結び――

「来い、聖白の竜――」

 かざした手をグッと握り込んだ時、巨大なサークルを中心として光が弾けた。

「うわっ?!」

 思わず目を逸らしてしまった希美子が、辺りの光が消えてチカチカする目が元に戻った頃に見たものは……

 純白の――美しいドラゴンだった。

 巨大な身体にも関わらず、そのドラゴンの佇まいはどこか品があり、その鱗は夕日を受けて幻想的な輝きを放っている。

 クリスタルブルーの瞳は、鱗と同じ白くてふさふさの睫毛に縁取られ、優しげにジークヴァルトを見つめていた。

『久しぶりね――愛し子』

(――喋った!!?)

 当たり前のように言葉を発した艶麗なドラゴンに、希美子は腰を抜かすかと思うほどに驚いた。

「……その呼び方はやめろと言った筈だ」

『愛し子、そちらの御方は?』

「…………俺のツガイだ」

 どうやら純白ドラゴンさんはマイペースらしい。あのジークヴァルトが少し押され気味だ。

 希美子は、自分の話になったのだと気付くと、この――何処からどう見てもやんごとなき身の上的な高貴さ漂うドラゴンさんに挨拶すべく近づ……こうとした所で、純白のドラゴンはその巨体を優雅に伏せて希美子に頭を垂れた。

『――女神セレスの御使様、愛し子の元へおいで下さいました事、感謝致します』

(よ、予想外の展開きたー?!)

 ぺこりと頭を下げてご挨拶するつもりだった相手に逆に、すっごく丁寧に頭を下げられてしまい次のアクションを見失う希美子。

(さ、紗枝さんだったらこんな時どうしたらいいのか知ってるんだろうけど私は知らないんだよううっ)

「おいシロ、俺のツガイが困ってるだろうが 」

『あら?これは失礼を致しました、御使様。どうぞ私の事は「シロちゃん」とお呼び下さいな』

 どうやらこのお上品ドラゴン、マイペースなだけでは無く茶目っ気もあるようだ。

 垂れた頭を元に戻して、己の持つ――もはや暴力的な高貴さを完全に無視して無茶な要求をしてきた。

 希美子の後ろでそれまで静観していた妙子ですら「し、シロちゃん……?」と、若干引き気味である。

 だがしかし、どうしたら良いのかプチパニック中だった我らがヒロイン希美子さんは……

「わわわわっわかりましたシロちゃん!私の事は『きみちゃん』って呼んでください!」

 ぐるぐると目を回しながら、要求された事をそのまま受け入れた。

 途端――目に見えて上機嫌になったのは艶麗ドラゴンさんである。

『まあ!ふふ、きみちゃんよろしくお願いします』

 大きな顎を希美子にそっと寄せて優しくタッチする繊細気遣いドラゴンさん。

「はははははっはいっ!よろしくぅっ!」

 なんだかずっと目をぐるぐるさせている自分のツガイと、普段あまりに食えない性格をしているのでちょっと苦手に思っていたドラゴンが気持ちはすれ違えど、距離は近くなった事に安堵して良いのやら。そろそろ目を回して倒れそうなツガイの為に、ドラゴンを諌め二人の若干のすれ違いを正すべきか迷うジークヴァルト。

(コイツが希美子を乗せねぇと言い出したら面倒だったが……)

 面倒事が回避出来ればまあいいかとなってしまうジークヴァルトは、一つため息付いただけで後の事は考える事を放棄した。

 とりあえず今はツガイを救出すべく、一人と一匹の間に割って入る為に一歩踏み出したジークヴァルトであった。