42.フェンリルの護り

「クッ! あともう少し――! あともう少しだったものをッ!! 」

 レイスの魂の欠片は樹海の奥深くで小さな黒い光となった身を震わせながら憤っていた。

 レイアのスタンピードを確実に成功させる為、何重にも張った計画の最終局面で『亀裂』を使う為に分魂した欠片――ジークヴァルトの魔法に絡め取られ消滅させられそうになった時、意識を自分で切り離し小さな小さなこの欠片を目覚めさせた。

 完全消滅は免れたものの、魔王まで出てきてはこれ以上あの街に手出しは出来ない。

「大丈夫、ここまで小さくなった魂にも利点はあります。これなら魔王に居場所を悟られる筈もな――」

「誰に、居場所を悟られると困るの?」

「ッ――?!!」

 猫の形をした大きな影が、レイスの欠片の背後から伸びた。

「な……な、な……?! 」

「一度逃げ果せたからって魔王舐めすぎじゃない? いやあ、レイアの領主が話のわかる人で良かったわぁ。事情を話したら直ぐに転移移動許可くれたもんねぇエルサリオン? 」

 ――ザッ、と辺り一面が深い闇に覆われた。

「あ……は……こ、これは……魔王様これは――」

 小さな黒い光は震えながら言葉を紡ごうとするが、かざされた魔王の掌が降りる事は無かった。

 申し開きを聞く段階はとうに過ぎているのだ。

「……夜の王レイスよ、貴様に永遠の眠りを授けよう 」

 小さな欠片が何を発するよりも早く、夜よりも昏い闇がソレを飲み込んだ。

 ――――――――

 魔王の報告を受け、脅威が過ぎ去ったとしてレイアの壁の外では初級冒険者達が魔物の死体の処理に明け暮れていた。

 魔物から採れた魔石は自分の物にして良いと言うのだからやる気も出ようと言うもの。

 中には次々と魔石だけ抜いて死体はそのまま放置しようという輩も出たが、どこから見ていたのかすぐに副ギルド長へ報告が行き、魔石没収の上、ランク降格処分か東門の前に架ける橋作りの為の労働貢献のどちらかを選ばされる事となった。

 レイアに対する魔人領からの損害賠償に話が及ぶと、欲をかいた中央の貴族達がしゃしゃり出てきたがバッハシュタイン卿はそれらを一蹴、イスターレの王も交えて会談を重ね、それが終わると魔人領からは被害額相当の魔石を受け取り、友好同盟条約を結び調印式を行った。

 魔人領と友好国となったのは人族領の国として初の試みであったが為に、周辺からの反発も予想されたが魔人領とイスターレが離れていることもあり警戒しつつも下手に刺激してやぶ蛇となるよりはと各国静観の構えを取り、それは魔人領が新たな同盟国と調印するその日まで続く事となる。

 全てを終えて魔王が魔人領へ帰り、レイアに何重にも張られていた結界も解除され、商人が行き交うようになり観光に訪れる貴族も以前のように増え始め、イスターレの宝石が本来の輝きを取り戻した頃――

 ――レイアを一望出来る木苺の丘に希美子とジークヴァルトは訪れていた。

「……お墓をここに? 」

「……ああ、骨は砂になったからコレしか無いがな 」

 そう言ってすっかり黒髪に戻ったジークヴァルトが亜空間から取り出した布の中身を希美子が覗くと、そこには赤い石の破片のような物が一握りほど包まれていた。

 それは、あの夜の戦いでジークヴァルトが倒した両親のアンデッド――その核となっていた魔石の破片だ。

「……生憎俺は一族が眠る墓を知らない、逃げるのに必死だったからな 」

 アードルングの墓は頭首と長男にしか知らされない。

 ジークヴァルトの兄とその落ち人が亡くなったあの日、父ジギスヴァルトはアードルング家の地下にある転移結界を使って、ジークヴァルトと共に村から山一つ離れた場所に転移した。

 彼は兄と落ち人の亡骸を手にアードルングの墓地へ行くと言ってジークヴァルトだけを逃した。

 その時は何も言わなかった父が、最後――慟哭のような遠吠えで彼に告げたのだ。

 必ず生きろ――

 だからジークヴァルトがアンデッドと化した父と相対した時にも、彼に迷いはなかった。

 迷いは無くても、何も思わなかったかといわれればそんな訳が無い。

「そっか……」

 希美子はそれだけ言って、墓作りを手伝った。

 殆どがジークヴァルトの魔法だったが、穴を砂で埋める作業だけは二人手作業で行った。

 やがてその上に立派な石が置かれ、希美子はレイアの街で購入した色取り取りの花の束を供えると静かに手を合わせた。

 ジークヴァルトはその横で希美子と両親の墓を一瞥するとレイアの街並みを見下ろす。

 やがていつまで経っても動こうとしない希美子にジークヴァルト一つ苦笑いを零してから彼女の肩を軽く叩き、二人は帰路に着いた。

 ――――

 ――――――――

「あー! 希美子さん! ジークさん! やっと見つけたっすー! 」

 木苺の丘からレイアの街に戻った希美子達を早速元気な声が捕まえた。

「リリーちゃん? どうしたのその大荷物?! 」

「お二人の家にお届けに行ったら居なかったからそのまま帰って来たっすよー! 紙鳥で確認してから行けばよかったっすねぇ」

 希美子はリリーが背負っている巨大な風呂敷を見て驚き、自分達の家まで行って帰って来た所だと聞いて即座に申し訳なさに謝ろうとしたがリリーはそれをさせなかった。

 さすが商売人であ……お針子だ。

 ジークヴァルト達がひょいひょい使っているので希美子は麻痺していたが、亜空間は魔力の量に比例する為、ほぼ一般人のリリーはあまり収納容量が無くて当たり前なのだった。

「……明日にでも行くと告げてあるだろう、何をそんなに急いでいる……? 」

「そりゃ急ぐ……あ……」

 リリーがしまった!というような顔をして、クルリと後ろを向いてしまった。

「え? リリーちゃん? 」

 しかも何やら一人でブツブツ言っている。

 ちょっと怖い。

 希美子が心配になって彼女の肩を叩こうとした所で、何故かジークヴァルトに止められ振り返ると彼は人差し指を口に添えている。

「………………」

 黙れ、のポーズだろうか……希美子はちょっとそんなポーズを真剣な顔でするジークヴァルトをあまり見たことが無かったので若干色気を感じてしまいほんのり顔を赤くして黙り込んだ。

「……わかった、リリーいいぞ」

「おおっ?! マジッすかー!! よかったっすー! 」

 希美子がぼぅっとしている間に何があったと言うのだろうか? 突然ジークヴァルトが何かに許可を出してリリーが喜んでいる。

 希美子の頭の上はクエスチョンマークでいっぱいだ。

「え、あの……ジー……ええ?! 」

 何があったのかジークヴァルト聞こうとして彼に向き直った希美子が突然背後から目元に布を巻かれた。

「ちょーっとジッとしてて下さいっすー」

「え?!なに、リリーちゃん?! なにっ?! 」

 大丈夫、痛いことはしないっすよーなんて言いながら目元をぐるぐる巻きにされて希美子は前が全く見えない状態になった。

 そして、突然身体が宙に浮く感覚がしたと思ったら――

「……危ねぇからこのまま行くぞ、いいな」

 どうやらジークヴァルトにお姫様抱っこされているらしい。

 突然の事に希美子は全身ゆでダコのように熱を持ったが、とりあえず一言だけ告げる。

「た、俵担ぎじゃないなら……」

「……根に持つな、お前も」

 根に持っているわけではない。無いのだが、これからも希美子は何かしら言ってやりたいみたいな時には出会ったばかりの頃のジークヴァルトの行動をチクチクと言ってやるつもりだった。

 根に持っているわけではない。

 とりあえず見えないし、大人しくしてようとジークヴァルトの腕の中で小さくなる希美子。

 次第にあたりが騒がしくなっているような気配がしたと思ったら、今度は階段を上っているようだった。

 ガチャリと扉の開く音がして――

「リリー遅っ……あ!! 希美子ちゃん拉致できたんだね! よくやったー!! 」

 ……妙子の声だ。

 そして外される目隠しに――

「え、ここ、何処? 」

 完全にどこかの民家の中だった。

 生活感のあるリビングには使い込まれた木造りのテーブルセットやパッチワークのお洒落なカバーのかかったソファがあり、それぞれにフルーツの入った籠やハードパンがはみ出した紙袋、編みかけのセーターらしきものなど温かな家庭の雰囲気が見て取れた。

「はいはい、希美子ちゃんはこっちね! 」

「あ! ジークさんはこっちですよ!? 」

 リビングの中央にあった衝立から此方を覗いて声をかけて来たのは神殿の少年フェリクスだった。

「そんな不満そうな顔してもダメです! 聞きましたよ? 申請の儀の時、その格好のままだったそうじゃないですか? ユリウスさんは許しても僕は許しませんからね! 」

「……何故お前の許しが必要なんだ? 」

「つべこべ言わない! 行きますよ! 」

 文句を言いつつもズルズルと引き摺られて行くジークヴァルトを見て希美子は目を丸くした。

 以前、広場で会った時もそうだったけれどジークヴァルトはあの少年に対して特別態度が柔らかい気がする。

 まあ、リリーにも何だかんだと甘い気がするのでジークヴァルトはああ見えて子どもが好きなのかも知れないなと希美子はそう考えて思わず微笑ましい物を見るように目を細めた。

「本当に仲がいいんだねぇ、フェリクスとジークさん 」

「……? 」

 本当に、とは? と首を傾げる希美子に気付いた妙子は「あれ? 聞いてない……まあ、言わなそうだよねジークさんって……」なんて言いながら希美子に教えてくれた。

「フェリクスはね、ジークさんが依頼を受けて助けに行った村の生き残りなんだって。魔物に襲われて逃げて来た所をジークさんが保護してそのまま魔物討伐の依頼も済ませてレイアの神殿へ彼を連れてきたらしいよ? 」

「……そう 」

 その話しを聞いただけで希美子は黒狼獣人達から逃げてきたジークヴァルトの事を重ねてしまう、彼もそうだったのだろうか……そこまで考えて思考を振り払うように首を振ると、今度はリリーが先程まで首に巻いていた荷物を取り出してバサリとその全容を希美子に見せた。

「リリーちゃん……それ……? 」

 ニィッとイタズラを実行する前の悪ガキのように笑ってみせた彼女の表情に、希美子は頰を引きつらせた。

 ――――――――――

「妙子さーん、そちらいかがですか? 」

「んー…………よし! おっけーだよ、入ってきてどうぞー! 」

 妙子が言ったと同時にフェリクスがドアノブを回し――

 ――ガアンッ

 ……ジークヴァルトにドアが蹴り開けられた。

「いやちょ、ジークさん……ここ人の家……」

「……あ? 」

「いえ、何でもないですアナタサマの落ち人様を拉致ってすみませんでした……」

 即座に頭を下げた妙子はその格好のまま脚だけ動かしてサカサカと部屋の端にはけた。

「許可は出したが少し遅……」

 形状記憶された眉間の皺をそのままに、妙子へ文句を言いながら部屋の奥へ視線を向けたジークヴァルトは言葉を最後まで続ける事が叶わなかった。

「……ジーク、えっと…………どう? かな……なんて……はは……」

 己をガン見したまま固まるツガイに、少々きまずげに感想を促す希美子も動きがぎこちない。

 それもその筈、全くの予想外だったのだ。

 突然連れてこられた先で、申請の儀の時に着たものよりもずっと豪華なドレスを着せられるなど――

「お化粧っ良い出来でしょ?! 希美子ちゃんって元が良いから何してもめちゃくちゃ映えてテンション上がっちゃった! 」

 どうやら化粧担当は妙子のようだ。

 どのパーツも派手になり過ぎず、かと言ってドレスの派手さに負けない程度にちょうど良くチークが入り、シャドウもブラウンに少し赤味がかっている程度のものだった。

 唇も主張しすぎず希美子の肌の色に違和感のない紅が彼女のいつもと違った魅力を引き立たせている。

 そしてドレスはAラインのシンプルな作りと見せかけて裾にはゴージャスなレースがふんだんにあしらわれ、ジークヴァルトの魔力色――鮮やかな青が際立っていた。

「……妙子、リリー 」

「は、はい?! 」

「はいっす! 」

 ジークヴァルトは二人に呼びかけつつもスタスタと希美子に向かって真っ直ぐ歩いてきた。

 ぐんっと足先を広がるドレスの裾に押し入れるように希美子に近づくとその腰に腕を回す。

「……よくやった 」

 それだけ言うと再び希美子を慣れた浮遊感が襲う。

「え、ちょ?! 」

「ま、待ってくださいジークさん?! お披露目にも段取りが――」

 ジークヴァルトは希美子を抱き上げると、そのまま部屋の奥へ行き――彼が足をかける前に魔力を纏った窓が全開に開くと希美子を抱き上げたままそこから飛び降りた。

「うお?!! 」

「きゃっ?! 」

「は?!な、ジーク?! 」

 飛び降りた先は、ジークヴァルトが希美子を連れてきたあの食堂の入り口。

 その入り口は開け放たれ店先は其処此処にテーブルが、その上にはご馳走の数々が並べられガーデンパーティの様相を呈していた。

 そして――

「おいジーク?! 嫁さん抱えて窓から飛び降りるってお前まさか――」

 話しかけてきたのはこの食堂の親父だ。

「……そのまさかだ、俺は帰る。悪いが集まった奴らはコレで朝までもてなしてくれ」

 ジークヴァルトは亜空間から皮袋を取り出すと親父にそれを手渡した。

「おいおい、アンタの嫁さんの為に作った料理もあるんだよ? コレ持っていきな! ほら、亜空間にいれちまっておくれよ」

 そう言って成り行きを見ていたおばちゃんがジークヴァルトにバスケットを一つ手渡した。

「え、え?!ジーク、え、帰るの?っていうかコレは何?! 」

 店先のガーデンパーティに面食らってキョロキョロしていた希美子に答えたのはユリウスだった。

 彼は普段の神官服では無く、スーツに似た正装で髪も緩く編まれている。

「妙子が言うには『申請の儀』は『挙式』で、その後のこのパーティは『披露宴』もしくは『二次会』に当たるそうですよ……? 落ち人様と申請の儀を終え、魔力定着が済む頃こうして祝うのが通例となっているんです」

「え……? 」

 と、言うことは此処に居る皆さんは希美子達の為に集まってくれたと言う訳だ。

 希美子は改めて周りを見渡した。

 食堂の夫婦はもちろん、神殿からは妙子達の他にも希美子に洋服の店を教えてくれた神官も来てくれていた。

 慌てて階段で降りてきたと思われるリリーの近くにはリリーの友人二人に加え、ジベットに果物屋のアマーリア……そして多分彼らの友人と思われる老人達が数名。

 店先のテーブルに座って此方を微笑ましそうに見ているのはギルド長と副ギルド長のイストール、いつも希美子とジークヴァルトを案内してくれる女性職員もいた。

 彼らを囲むようにして希美子は面識の無い冒険者らしき人間達もいたがきっとジークヴァルトの知り合いなのだろう。

 彼らが希美子達を見る目は温かかった。

「なんじゃ? もう帰るつもりか子狼よ? 」

 一人の老人の声が聞こえて、ジークヴァルトは思わず嫌そうにため息をつきながら振り返る。

「子狼はやめろと言った筈だぞ、爺さん」

 ジークヴァルトが振り返り、自然希美子の視界にも入ったのはこの街の領主ゴットハルト・バッハシュタインだった。

 その後ろには騎士団長クリストハルトとその落ち人紗枝の姿が、それからゴットハルトに面差しの似たおっさんが二人居た。

「この街に戻ってきたと言うに、儂に直ぐ会いに来なかったのは誰じゃ? 爺だっていじけるんじゃぞ? 」

「…………どうすればいい? 」

 苦々しい顔で言ったジークヴァルトだったが、どうやら直ぐに会いに行かなかった事をこんな風に言われる事に彼も仕方なさを感じているらしい。

 そんなジークヴァルトの反応を面白そうに見たゴットハルトは一つ要求を――

「ちいっと酒に付き――「却下だ 」

「え、ちょ?! ジーク?! 」

 却下された。

 さすがにお偉いさんからの酒の誘いを断るのはマズイだろうと止めようとした希美子に信じられない言葉が聞こえた。

「なんじゃ、お前さん下戸と言うのは本当なのか? 」

「知ってたなら誘うんじゃねぇよ、悪趣味な爺さんだな 」

「え?!ええ?!! 」

 希美子の驚きの声にジークヴァルトが嫌そうに、ゴットハルトは楽しそうに振り向いた。

「おおっ?!知らんのか? だったら是非あの家のワインを飲ませてみると良いぞ? 話ではなかなか面白いものが――「おい爺……」――なんでもないぞ? 」

 ジークヴァルトのガチ殺気である。

 ゴットハルトは言葉を続けるのはやめたものの『おちゃめなジジイ面』してソッポを向いている。

「………………」

 その表情を見て、なんか妙に突っかかってくるジジイの要求を正確に察知したジークヴァルトは、ため息を吐いた。

 それはもう長いため息だ。

「……日が落ちるまでだ、日が落ちたら何と言おうと帰るぞ……? 」

 ジークヴァルトのその言葉に爺はパアアッと表情を明るくした。

「皆の者! グラスを持てぇ!! 」

 ――おおおおっ!!

「えっ?!え、ええ?!」

 どうやらパーティーが始まるらしい雰囲気に希美子はついていけずにキョロキョロと辺りを見渡した。

 直ぐ傍からリリーが果実水の注がれたグラスを二つ手渡す。

 希美子を抱き上げてるジークヴァルトの分も、と言う事らしい。

 それをみたジークヴァルトは渋々希美子を下ろすとグラスを手に取った。

 眉間の皺が凄まじい。

「皆の者、このレイアの息子が一人帰ってきた! それも落ち人様を連れてな! 」

 ――おおおっ!!

「まだまだ街の外の整備は時間がかかろうが、この街には我らイスターレの守護者バッハシュタイン家に加え、白狼――『フェンリルの護り』が在る!! 」

「お……」

 ――おおおおおおおおっ!!!

 ジークヴァルトがツッコミをいれようとするも野太い声ばかりの客達にかき消された。

「この街ならばどんな門出も祝福される!!」

 ――おおおおおおおおっ!!

「夫婦となった若き二人に乾杯じゃああっ!!」

 ――わあああああっ

 噴水広場の傍から怒号のような大声が響き渡り、レイアの住民が覗きに来ては祝いの席に加わり、愛される領主一族が居るのを見て他の人間を呼びに行かせと繰り返しているうちに日が暮れる頃には噴水広場全体が飲めよ歌えよ踊れや踊れの大騒ぎとなっていた。

 最後の方はさすがのジークヴァルトも形状記憶された眉間の皺が緩くなる程に疲れた顔をしていたが、そんなジークヴァルトを見て微笑む希美子を見て、彼もまた微笑んだ。

 「ねえ、ジーク」

 「……あ?」

 「私、ジークに会えて本当に良かった……ありがとう、ジークヴァルト 」

 「…………何の礼だ」

 「なんだろうねぇ……でも、ありがとう 」

 「………………」

 この日を境に、A級冒険者ジークヴァルトに落ち人様が遣わされた事がレイア中に広がったのだった。

 ――――――――――

 レイアの街並みが夕日に染まる頃、街を見下ろす木苺の丘――今日できたばかりの墓の周りに突如シュルシュルと音を立てて色取り取りの花々の花壇が生まれた。

「――一度、酒を酌み交わしてみたいと思っておったのじゃ。あの聡い子狼の父ならば、さぞ傑物であったろうに……」

 ゴッドハルト・バッハシュタインは木苺の木をかき分け、墓石の前へ座ると亜空間からグラスを三つとバッハシュタイン領のワインを取り出して注いでいく。

 ジークヴァルトから、一族の墓の場所がわからないからバッハシュタイン領の何処かに墓を作りたいと言われた時、ゴッドハルトは直ぐにこの場所を勧めた。

「ここならば、儂があやつに愛想を尽かされない限りはお主達が見守れるじゃろう……? あやつの成長を見れなんだ事、まこと無念であったとは思うが……何、すぐにでも孫が生まれるじゃろうて気を落とすでないぞ? 」

 その後もゴッドハルトは何某か話しかけては笑い、酒を注ぎ、朝になるまでその場所にいた。

「そなた等の息子が護った街じゃ、遠慮せずにゆっくり休むが良い……」

 ゴッドハルトが去ると、ふわりと色取り取りの花が揺れ、露を輝かせた。

 木苺の木を世話していた精霊は、花々を祝福する。

 狼とその番を見守る魂に寄り添いながら――