24.落ち人さんと落ち人さん

 あの後、少し休んだ希美子達は再び噴水広場へ来ていた。

 昼前に果物を購入したアマーリアの引き馬車は既に撤去されていて、今は惣菜の店がその場所を陣取っていた。

 精神的に疲れていたはずの希美子は、『食後の運動』ですっかりストレスを軽減されたその事実に内心身悶えている。

(ああ……なんで、さっきは……あんな……あんな――)

 身悶えては居ても、発情しているわけではないのでジークヴァルトは希美子のローブのフードを気持ち深く被らせ直すだけで何も言わない。

 希美子自身、ちゃんと気付いてはいないが、連日のジークヴァルトとの絶え間ない情事のお陰ですっかり身体が彼とのソレを事あるごとに求めるようになってしまっていた。

 ジークヴァルトは噴水広場でカフェを出している荷馬車で適当に飲み物を購入すると、設置されてるテーブルの一つに腰掛けた。

 あれ?と、希美子は思う。

 何か用事があったから、リリーと会った後に直ぐに帰らなかったのでは無いのかと。

 ジークヴァルトが作り直すと言っていたベッドの寝具もリリーに注文したのだ。

 今日街に出る目的は既に達成されているのである。

「ジーク、何か用事があったんじゃないの……?」

「俺にはない。だが、そろそろだろうな」

「あ!居た!ジークさーん!」

 え?と希美子が声を上げるよりも先に、幼げな高い少年の声が聞こえた。

 声のした方へ希美子が向き直ると、昨日神殿で見た神官服のような物を着ている活発そうな少年がこちらへ走って来たところだった。

「ジークさん、探しましたよ!何処にいたんですか?」

「俺は探してねぇ、何か用か?」

 少し親しげに見えるそのやり取りに、希美子は意外なものを見たという顔を隠せなかった。

(ジークが、少年と仲良さそうに話してる……)

 随分と失礼かも知れないが、希美子はジークヴァルトが少年に懐かれるというその過程がサッパリ想像つかなかった。

 ――しかし、とも思う。

 先ほど、リリー達と話していたジークもこんなふうだった気がしたからだ。

(ジークは、誰にでも自然体だから……先入観でものを見る大人よりは子どもと仲良くなれるのかな……?)

 自然体とは言っても目付きは極悪であるし、希美子の事が絡めば直ぐに人を威圧するし、子どもに好かれる要素など皆無なのだが、そこは『あばたもえくぼ』という奴なのかも知れない。

 希美子がただ観察していると、少年がハッと希美子に気が付いてばつが悪そうに自己紹介してきた。

「申し訳ありません、ご挨拶が遅れましたジークさんの落ち人様。俺は神殿の孤児院の年長組を取り締まっているフェリクスと言います。以後お見知り置きを」

「へ?!あ、はい、希美子です。よろしくお願いします……?」

(び、びっくりしたぁ……し、しっかりし過ぎじゃない?孤児院って言っても神殿の子だから?)

 慌てた様子の希美子ににっこりと微笑みかけてからフェリクスはジークヴァルトへ向き直った。

「ジークさん、皆さんがお待ちです」

「……皆さんじゃわからねぇだろうが」

「え?!あ、えぇっと……神官長?と、妙子様……は付き添いだし、冒険者ギルドのギルド長……あ!それからバッハシュタイン卿のご子息っ……って歳でもないし……王都の騎士団長様がいらっしゃいます!」

 この少年、どうやらアドリブにはまだまだ弱いらしい。

 赤っぽくて短いブロンドヘアを自分で撫でながら意志の強そうな眉毛を寄せたり跳ねさせたりした後、やっとジークヴァルトへ要件を告げられたとばかりに満足そうに胸を張った。

「……どこで待ってる」

「へ?!あ!そうか!冒険者ギルド三階の応接間らしいです!」

「……らしい?」

「応接間です!」

 それにしてもメゲない少年である。

 ジークヴァルトに返される度に一瞬「あ、やべ」みたいな顔をするのに、言い切る頃には胸を張っている。

(元気な子だなぁ……リリーと気が合いそう。あ、でもリリーには靴屋の少年が……いや、幼馴染だからってそんな安直な……)

 希美子がそんなどうでも良い事に思いを馳せていると、ジークヴァルトが希美子と希美子の手前にある飲み物を見て「後で行く」と言うとフェリクスは大いに慌てた。

「いや、あの!多分もう皆さん……いや俺が全然ジークさん見つけられなかった所為なんですけど……」

「緊急なら紙鳥って方法もあった筈だ」

「いや、ジークさん紙鳥で呼び出そうとしたって『要件を言え』って言って来ないじゃないですか!?」

「……ちっ」

「もう、直ぐそうやって舌打ちする!お行儀が悪いですよ!?」

 神殿の教育の影響なのか、それにしたってジークにそんな事を言う人物には初めて会ったので希美子は目を丸くした。

 実際、彼は年長組のリーダーなので普段注意する立場である癖みたいなもので言ってしまってるに過ぎない。

 それに対してジークヴァルトは口煩い小姑に会った嫁みたいな嫌な顔をする程度だ。実際、嫁が小姑にそんな顔を見せるのかは別として。気持ち的な問題である。

(こんなに、有り有りと『面倒くせぇなぁ』って顔する人いないよなぁ……好き)

 希美子は裏表の無い人間に憧れているので。

 結局は購入した飲み物をジークヴァルトのアイテムボックスへ収納してフェリクスについていく事になった。

 ――

 ――――

 ――――――

「ユリウス神官長!遅くなりました、すみません!」

「……フェリクス、声が大きいですよ?廊下では静かに」

 フェリクスの元気な声に、苦笑いで答えたのは昨日希美子達の申請の儀を請け負った美貌の麗人――ユリウスだった。

(え?!この人、神官長だったの?!た、確かに普通のオーラはしてない人だけど……)

「昨日ぶりですね、希美子さん。それにジークも、昨日の今日でお呼び立てして申し訳ありません」

「あ、いえ、そんな……何かあったんでしょうか……?」

 そこまで言って、希美子はユリウスの陰からひょっこり顔を出してこちらをキラキラした目で見ている――日本人顔に気付いた。

 色素が薄めの茶髪は肩口あたりで綺麗に切りそろえられていて、好奇心いっぱいの焦げ茶色の大きな瞳は希美子に対して壁を全く感じさせなかった。……「仲良くなりたい」と、顔にデカデカと書いてあった。

「あれ――もしかして……?」

 日本人顔の女性は、希美子が自分に気付いたと見るや飛び出して来たものだから――

「ぐえっ?!」

 希美子はジークヴァルトに首根っこを掴まれて引き寄せられた。

「あ、いやまって、そんな睨まないでくれるかな?!私、妙子!希美子ちゃんとは同郷だよ?!ハグくらいさせてよ?!」

「…………」

「え、えぇ……?!めっちゃ睨むじゃん、すっごい怖いじゃん?!」

 ジークヴァルトは威嚇した。

 この女、とても危険な匂いがする。

 ……概ね間違ってはいない。性癖的な意味で。

「じ、じぃく……くる、苦しい……」

 希美子の声にハッとして抱き込んでいた力を緩めた。が、希美子を背に庇った。

「え、いや待って?!本当に待って、私なんて言うか性的な意味ではユリウスにしか興味無いし?!身持ちも堅い方だからね?!あなたの落ち人様にヤラシイ事したりしないよ?!ヨナスとは違うよ?!」

 妙子は今日ここに来るまでの間に、希美子とジークヴァルトについてユリウスから話を聞いていた。ついでに、ヨナスがどんな扱いを受けたのかも。

 ユリウスはそれとなくこうなる事を懸念して話していたのだが、悲しいかな彼のツガイには通じなかったようで自重は無かったみたいだ。

 その時、ジークの裾を引いて希美子がおずおずと発言した。

「じ、ジーク……私も、彼女とお話ししたいよ……?同じ日本人だし、落ち人だし……色々情報交換っていうか、出来たら友達になりたいし……」

「いえす!友達バチコイ!!」

「妙子、少し黙って……」

 ユリウスは頭を抱えたくなった。

 妙子は世界で一番、いや、きっとどんな世界を見渡したってユリウスにとっては唯一無二の可愛い女性に違いないのだが、いかんせん――ジークとは多分、相性が最悪である。

 希美子がジークの元へ訪れる以前ならまだわからなかったが、同郷と言うだけで端から心の扉全開の妙子に対して、『希美子に近付く人間』イコール『警戒対象』の……子を産んだばかりの親猫みたいなこの男と話が合う訳がない。

「……酒樽三個分だ」

「「え……?」」

「百歩譲って、酒樽三個分。それ以上は希美子に近付くな」

「いやそれ多分、一個がすっごいおっきい奴じゃん?!一緒にお食事も出来ないじゃん?!隣に座れないじゃん?!どうせならあと三歩譲ってよ?!」

「…………酒樽二個と酒瓶七本分だ」

「一歩がめちゃくちゃ狭いな?!」

 あれ?何か仲良くなってないかな……?などと希美子の中でお花畑な思考が過った所で――

「ね、ねえ?もういいかなぁ?クリストハルト様も来ちゃうからさ……?」

 ギルド長が扉の隙間から声を掛けてきた。