異世界行ったらインキュバスさんと即えっち!33

「……ラウロ、誓いの言葉を──いや 」

 そこまで言って、エルサリオンは少し考える素振りをした。

「……ここでは、少し味気ないだろう。誓いの言葉は向こうで告げればいい。……茜、行こう 」

「えぇー? ……まあでも確かにそうかも? ここはちょっと『ろまんちっく』じゃないもんね 」

 煤けた石畳の上に魔法陣だけがある暗い空間をチラリと見た茜猫は、ちょっとジトッとした目になった。

 そしてマイペース魔王エルサリオンが口の中で何か呟いた時、魔法陣からフワリと風が舞い始めた。

 要領を得ない優香をラウロがエスコートして、魔法陣の中心へ二人が立った時、淡い光が辺りに広がり幻想的な空間を作り出した。

 憂う表情を形状記憶させた魔王の肩の上で、優香達に手を振る仔猫に気付いて優香が手を上げかけた時、黒く大きなラウロの翼が優香の視界を遮った。

「え…… 」

 魔法陣の光が消えた時、ブーツ越しではあるものの柔らかな草を踏む感覚に気付いた優香。

 ラウロがバサリと翼を広げると、ここが辺り一面美しい緑に覆われた小高い丘の上なのだとわかった。

「太陽が……ぁ、ラウロさん……ありがとう? 」

 突然の明るさに目が驚くだろうと気を利かせてくれたのだと気付いた優香は、ラウロに礼を言った。

 一方ラウロは眩しいモノを見るように目を細めて優香に微笑みかけると「どう致しまして」と言って優香に向き直った。

 その瞳は真っ直ぐと優香を貫き、思わず胸を跳ねさせて優香は戸惑った。

「ラウ── 」

「誓いの言葉を言わせて、優香。落ち人が魔人へ遣わされてから『儀式』を終えた魔人達が皆、誓ってきた言葉があるんだ 」

 いつもどこか飄々としている彼に珍しく、熱を孕んだ真摯な瞳が優香をその場に縫い付けた。優香はただコクリと一つ頷く以外の選択肢を与えられなかった。

「私は──貴女の為に戦い」

 そう言って、いつもラウロが口付ける優香の額へ彼の骨張った指の先が触れて、『汗を拭ってやるような仕草』をした。

「貴女の為に血を流そう」

 次に彼の指先は、優香のこめかみを優しく撫でて、『血を拭う仕草』をする。

「貴女を泣かせるのは──私が死んだ時だけだと誓おう」

 最後に頰に触れて、『涙を拭う仕草』をした。

 優香は目を見開いた。彼が触れたその場所は、彼がいつも優香に口付けてくれた場所だ。

 今まで彼が口付けてくれた場所には、意味があったのだとはじめて優香は理解した。

 ラウロは、この目の前の夢魔は、ずっと優香に口付けながらこの誓いを彼女へ贈っていたのだと。

「愛おしい私の為の落ち人よ、私の命はあなたとともに」

 そう言って優香が手にしている染め布を、彼女の手ごとラウロの胸に引き寄せた。

「私の命を、貴女へ捧げる」

 最後に、優香の指先に触れるだけのキスをした。

「──これが、俺たち魔人の誓いだよ」

 甘い微笑みは、はじめから優香に向けられたそれと変わらず。

 優香の思考がほんのいっとき固まった。

 女神セレスと出会い、この世界に来る前の事はモヤがかかったように思い出せないものが多いけれど、それでも自分がはじめての相手に不満を持ち、男性自体に苦手意識をもっていた為にろくに付き合ってきた記憶はなかった。

 こんな風に真摯に見つめられた記憶も、甘い睦言を囁かれた記憶もない。

 ましてやこんな──全てを捧げるような誓いを立てられた事なんか記憶のどこをひっくり返したって無いのだ。

 甘い言葉、真っ直ぐな言葉、純粋な言葉。

 永きに渡り、落ち人に焦がれながらも与えられなかった『魔の者達』の誓いは、恋人に贈るには些か仰々しい。

 しかし茜がこの誓いを知っていた様子だった事からも、この誓いは何度も繰り返され今の形で今ここにあるのだとわかる。

 そんな神聖なものを差し出されて、気軽に「うん、わかった 」とも言えない優香の様子に、全て察しているような表情でラウロが続けた。

「俺の、話しを聞いてくれる? 」

「え……? 」

 半分以上、思考の波に呑まれていた優香は不意に声をかけられて我に返った。

「俺の落ち人さん? 」

「え、ちょ……ラウロさん?! 」

 が、そう言ったラウロがおもむろに跪いた事に焦り出した優香。しかし、それも計算済みとばかりにニッコリ微笑みかけて彼女の注意を引きつけたラウロは静かな声音で淡々と話し出す。

 まるでどこか、この『誓い』に不満を持っているかのように。

「俺は夢魔だからね、君に最高の快楽を約束できるよ。もちろん誓いも立てられる。でも、約束できない事があるんだよね」

「え……? 」

 不意に伸ばされた優香の手を取って、自身の額へ──まるで祈るように彼女の指先を捧げ持つ。

「君の幸せは約束できない」

 優香の位置からでは、彼の表情は読めない。

 ボサボサの黒髪が、少し緊張したように揺れた事しかわからない。

「ただ、俺は君がいればそれだけで幸せだ──だから、ずっとそばにいて欲しい。そんな、身勝手な願いと変わらないのがこの誓いの本質だと俺は思ってる 」

「……そうかな? 」

 優香の相づちともつかない言葉に、ラウロの手にギュッと力が入った。

 そして、彼が予想だにしなかった言葉が『ツガイ』の口から告げられた。

「きっと私は、ラウロが幸せでいてくれたら幸せだよ? 」

 グッと強い力で引き寄せられた。

 気がつけば優香は、ラウロの胸の中にいた。