「ヒューバートさんが!!モテないオーラなのは何でですか?! 」
「」
会議室に重い沈黙が降りた。
(え……あれ……私、今なんて――……)
優香は勢いで言った。言葉が脳を素通りしてそのまま出たのだ。一瞬自分が言った言葉すら思い出せずに固まっていると魔王から質問が投げかけられた。
「……落ち人の言う『おーら』、と言うものは……魔力とは違うのか……? 」
「えっ?! あ、いや……本当に見えている訳では無くてですね? ヒューバートさんから『モテる方特有の』雰囲気が感じられなかったので…… 」
エルサリオンは「なるほど、雰囲気…… 」と何か一人で納得していたが、何を納得したのかは定かでは無い。天才の考えることはわからないので。
次に復活したのは優香のツガイであるラウロだ。
「優香、モテる特有の『雰囲気』って? 」
こちらはどこか楽しげだったので、優香は聞かれたまま答えた。
「こう……初対面であっても女性に対して既にマウント取った後、みたいな感じで来ると言いますか……少し親切にしただけで『俺の事好きになられても困るんだけど? 』みたいなプレッシャーを放ってくると言いますか…… 」
優香にしては珍しい、何か鬱憤を感じる物言いにラウロは面白そうな表情になった。
「落ち人の世界ではそんな男がモテるの? 凄いね……? 」
「あ、いえ、今のは大げさに話しただけで……本当にモテる方は決定的な状態になるまでは『少しの警戒心』だけですかね……? 」
そこまで言って、優香が「あっ……」と声を上げた。
「そう! ヒューバートさんからは全く警戒心を感じないんですよ! 」
そうだ、やった! やっと言語化できた! とばかり嬉しそうな表情でヒューバートを見た優香だったが、当の本人は――安らかな顔で血を吐いていた。
「ひえっ?! 」
どうしてこの部屋には優香に「やめて差し上げろ 」と言うツッコミが出来る人物がいなかったのか。今にも砂化しそうな状態のヒューバートがそこにいる。
「あ、そっか……優香にはまだ『翼 』が見えないんだね……? 」
「え? 」
何かに気付いたらしいラウロが得心がいったとばかり、ぽんっと手を打った。
「ヒューバートは突然変異の『羽根無し』なんだ 」
「羽根無し……? 」
ラウロの説明はこうだ。
魔人達には、特有の魔力で形作られた蝙蝠のような『翼』があるらしく、その翼は魔力を循環させると可視化される。だが魔人達同士なら、魔力を循環させなくてもみえるらしい。
優香と出会ったばかりの時にラウロが優香に見せた翼がそれだ。
魔人達の美醜の感覚は独特で、お互いその羽根の美しさで優劣を判断するらしい。
それは、空を飛べる事が戦いに有利であるからだ。魔人同士の戦争でも、制空権を得た側が圧倒的に有利となるらしい。
魔人の歴史上、強者が美しいとされてきた歴史的背景がある為に翼の大きさ美しさは、その魔人の美醜を判断する上でもっとも重要なポイントなのである、
ただ、ひとつだけ例外があるとすれば、「落ち人基準」という価値観だ。
落ち人は番えばそのうち翼を授かる事から、羽根が無かろうとそれが『醜い』事にはならないのだ。
魔人達は永く、落ち人を欲しては決して手に入らない歴史が続いてきた。落ち人に対する憧れは、落ち人に姿形の近い人族が美しく見えるほどに拗れている。
そして落ち人として多くこのアントワールに遣わされてきた日本人は、そのエキゾチックな顔立ちや黒に近い髪が『落ち人的』としてモテる要素になるらしい。
逆に日本人的では無いバタ臭い顔は魔人領では好まれない傾向にあるらしい。
ここまでで理解できた人もいるだろう。
羽根は、醜いならいっそ無い方がずっとモテるのだ。魔人基準では。
ヒューバートは、黒髪ではあるが顔は北欧系の色白美形だ。地球人なら諸手を挙げてイケメンと称する完璧な顔である。
だがしかし、『羽根無し』である。
全くないなら無いで『落ち人的』とされたかも知れないが、骨だけはあるのだ。
魔人はわざわざ人族相手に『羽根無し 』などとは言わない、醜い翼を揶揄して『羽根無し』と言っているのだ。
みすぼらしい骨に、申し訳程度の肉が付いている、近代最も醜いと称された羽根だった。
その点、ラウロの羽根はとても立派だった。
立派過ぎた。
なんとなく、優香はジトっとした視線でラウロを見てしまうが、ニッコリと微笑みかけられた。
「俺には優香だけだよ 」
「ぐふっ…… 」
コレである。臭いセリフを言っても拒絶されない事を知っている『モテ男 』。
優香自身、なぜラウロが大丈夫だったか今となってはわからなくなっていた。出会ったばかりは『ジミイケメン』とばかり思っていて優香自身が警戒心ゼロだった。そしてラウロも警戒心など優香に一瞬たりとも抱いていない。
何故なら、運命のツガイに好きになられる事を警戒する魔人などいないからなのだが、優香はまだそのことに気づいていない。
「羽根が無いとモテない…… 」
いまいちピンときていない様子の優香に、魔王様が「例えば―― 」と切り出した。
「人族で言うところの……そうだね、自分一人では立ち上がれないくらい太ってる人族とか 」
「うーん……?」
まだピンと来ないらしい。
では……と、魔王になにかのスイッチが入った。
「ゴブリンが突然、自分は人族だと主張してきたら? オークでもいい。羽根無しっていうのはそれ程の違和感を魔人に与えてしまうんだよ 」
「?!!?!!?! 」
優香はあまりの言葉に驚き過ぎて、ぐりんっと勢いよくヒューバートに向かって振り向いた。
――この、目の前の美形が……ゴブリン?
北欧系黒髪美人が……オーク?!
衝撃のあまり目を見開いて硬直している。
「美形……ほくおうけい黒髪美人……? 」
衝撃ついでに口に出ていたらしい、いつの間にか持ち直していたらしいヒューバートが優香の言葉を拾ってきょとんとしていた。
「いや、貴方の事ですよ?! 貴方は美しいです! 世の中の方が間違ってます! 私は好みではありませんが! 」
一言多かった。
優香は地味イケメンが好きなのだ、ヒューバートではキラキラし過ぎている。
しかしもっと酷いことを言われ慣れているヒューバートは優香の言葉を受けてもダメージを受けるどころかみるみるうちに顔を赤くしていった。
「……優香に粉かけたらアンタでも捻るから、せいぜい眠らないように気をつけて 」
「これはそう言うのじゃない! お前と精神世界でやり合おうなんて思わねぇよアホか!! 寝かせろ! 」
言ってる間も顔が真っ赤である。
ふと視線に気付いて優香は魔王エルサリオンの方を見た。
憂い顔の美しい男が、どこか嬉しそうに微笑みかけてくる。
「?……?? 」
美しい唇が音を出さずに動かされた。
――アリガトウ
視線はすぐに膝下の仔猫の方へ落とされたけれど。
優香はどこか嬉しい気持ちになって、ニヤけてしまう。
新しい世界で、新しい関係が形作られていく――種族も価値観も越えて。
それはなんだかとても温かな気持ちを優香にくれた。