異世界行ったらインキュバスさんと即えっち!24

「インキュバスの始祖がセラフィーノの事を……? 」

魔王城で与えられたラウロの部屋は、暖炉のあった最初の間だけではなかった。

浴室のある場所とは反対側のアーチ壁を潜ると扉が数個あり、着替えた優香がラウロにエスコートされたのは一番奥の部屋だった。

謁見の間ほどでは無いにしても、とても豪華な椅子が鎮座したその部屋は、その前に長テーブルが続き左右には複数の椅子が用意されていた。

魔王が来る事を想定した簡易会議室である。

ラウロによると、魔王軍の幹部の部屋には全てこういった会議室があるらしい。誰の部屋でどんな会議が行われるのか事前に決定する事は殆ど無いらしく、その会議の情報が守られる事はその部屋の主にとって何よりも優先されるべき事らしい。

『けっこうエゲツないよね! 』

明るく言った茜だったが、このシステムを考えたのが誰なのか知らない優香としては、曖昧に返す他なかった。

その部屋についてすぐに変化が起こった。

扉を入って一歩脇に逸れた位置、その床が鮮やかに光輝き出したのだ。ゲームをそれほどやらない優香でも『魔法陣のようなもの』とわかる、いかにもそれらしい円形の模様だった。

先ほどのホログラムが現れた時のような光の収束、ついで人型を取り、その2人が現れた。

魔王エルサリオンと吸血騎士ヒューバートである。

皆はすぐに席に着き、ラウロはことの顛末を報告する。その時、ラウロの口から出た男性の名前に魔王が反応して冒頭の言葉となった。

ちなみに茜はすでに、魔王の膝の上でスヤスヤと寝ている。

「セラフィーノと言えば、お前の前任か……確か―― 」

「落ち人狂いのセラフィーノ、最後はそう言われてポストを追われた 」

ヒューバートが思い出す前に、ラウロが彼の不名誉な渾名を先に言う。

すっかり忘れていて水を向けてしまったかたちのヒューバートは気まずさに目を見開いたが、すぐに何でも無いふうを装った。

「あ――うん、そうか 」

目が泳いでいる。

彼に同僚とも言える男の前任者を貶めるような趣味はそもそも無い。

先ほど部屋に来てラウロを煽ったのは、落ち人を頂いた事ですっかり浮かれ気分らしいラウロの頭を冷やす目的があった。

ラウロが魔王軍の諜報部隊へ入隊してきた頃は、確かまだ前任者が隊長だった事は覚えているヒューバートである。

――お前みたいな一般魔人は「落ち人狂い」の症状には気を付けろ

期せずして先ほどの自分の発言を思い出して気まずさがマックスだった。

一方、話の内容はよくわからないもののその場にいる以外の選択肢が無い優香は、ヒューバートを見ながら全然別の事を考えていた。

夢魔の始祖が名前を出したと言う人物が、ラウロの前任だと言う話しになる前から気になって仕方がない事があったので。

(やっぱりそうだ、この人―― )

優香は先ほど初対面の時に覚えた違和感に確信を持った。

優雅で気品溢れる吸血騎士はとても美形だ、美丈夫だ。艶やかな黒髪は思わず見惚れてしまうし、あの形のよい薄い唇で愛を囁くだけで女性達は喜んで首筋を差し出すに違いない。

(なのに、この人…… )

ゴクリ、優香は目の前のモノのありえなさに緊張で喉を鳴らした。

(『モテる男』特有の……『俺、モテるんだぜ? 』オーラが全くない……ッ !! )

そう、優香をイケメン不振にした『彼ら』特有のよくわからない全能感に満ちた自信も、女性を若干小馬鹿にした鼻に付く感じも一切しないのだ。

(い、異世界って凄い…… )

優香は斜め上の方向から異世界に対する畏怖を植え付けられていた。

女神セレスもガッカリである。

(え……でも何ででしょう……? 本当にモテない……? いえ、入れ食い状態ではあるものの生まれながらの紳士ならばあるいは……え、異世界凄い……いいえ、逆にやっぱり怖いっ! )

理解出来ないものに対する恐怖を全力で感じていた。

「……ラウロはどうしたい? 」

「ん、そうだね。隊長に会いに行こうかな 」

謁見の間とは違って魔王にも気安い態度のラウロだが、それはエルサリオンが魔王になる前からの付き合いだからだ。

魔王のエルサリオンしか知らない者の前ではこんな話し方はしない。

「優香、こことは違う綺麗な街に俺の先輩と先輩の『落ち人様』が居る。一緒に行ってくれる? 」

「えっ?! 」

それまで一人の世界に入り込んでいた優香は、突然水を向けられて焦った。

何を聞かれたのかも聞いていなかったので。

「優香? 」

「え…… 」

すっごく良い笑顔のラウロから凄い圧を感じる。優香は自分の失態を悟った。

「ヒューバートの何がそんなに気になるの? 俺は嫉妬深い方では無いと思ってたけど、実はそうでも無いのかも知れないな 」

「は?! 俺? 」

「ええっ?! 」

どうやら優香がずっとヒューバートを見ていたのに気が付いていたらしい。

一方ヒューバートは、悪意のある視線には敏感だしそれが強者ともなると気がつかないなんて事は一切ありえない。

いわば優香の視線はヒューバートに取って『自分が向けられる類のものではあり得ない 』なので、警戒から全く外れておりサッパリ意識の外だったのだ。

しかも、ある理由でモテて来なかったヒューバートが自意識過剰になる理由も無い。

結果――首を傾げた美形吸血鬼は、『心底不思議そう』かつ『純粋な瞳』のダブルコンボで優香を見る。

そう、きょとん顔というやつだ。

(え、コレ理由言わなきゃダメなの?! え、言わなきゃ終わらない空気なの?! )

泡を食ったのは優香だ。自業自得ではあるが、理由が理由な為にサラッと言えるものではない。

『イイ笑顔のツガイ』

『きょとん顔の美形』

優香が何か助けになるものを――と探した先に、も一つ形状記憶された憂い顔をしながらも『きょとん顔の魔王 』

……猫は寝ている。

優香はグルグルと目を回しながら言った。

「ヒューバートさんが!!モテないオーラなのは何でですか?! 」

「」

大の魔人が三人、黙った。