「で、お前はどう思ってるんだ茜? 」
「はぐっはぐっ……もきゅもきゅ 」
「……………… 」
ところ変わって、とある執務室。
こちらも他の部屋の雰囲気と変わらず、ゴシック感漂う黒を基調とした室内だ。
執務室と言うには広すぎる応接ソファに、暖炉の前には誰が座っている訳でもないのにケーキや焼き菓子が並び、いつでも令嬢たちが茶会をはじめられそうなしつらえだった。
だだ、マカロンが紫だったり黒だったり、ケーキもかぼちゃのようなオレンジ色や真っ黒なビスケット等……ハロウィンカラーであった。
他の部屋と違うのは、家具にシルバーではなくゴールドを刺し色に使っているところだろうか。華美になり過ぎない程度ではあったが、それが品を際立たせている。
調度品はどれも一級品だと言うのに、どこか控えめにして客人も居心地が良く感じられるであろうその部屋。
この部屋の主人――魔王の性格が所々に現れていた。
「……茜、クリームが付いている 」
「ふぐっ…… 」
暖炉の前の茶会テーブルの隅で、トライフルケーキに夢中になっていた仔猫は、顔に真っ赤なクリームをいっぱい付けて声のする方に振り返った。
「これ! 食べやすい、好き! 」
「………………そう 」
憂い顔のイケメンは、それだけ言うと親指で仔猫の顔に付いた真っ赤クリームを取ってやる。
このままだと、少し心臓に悪かったので。
「……ヒューバート、いつもありがとう 」
「ん、ウチの領地にも魔王様のお口に合うモノがあったのかって料理人たちが喜んでるし……まあ、スポンジ以外は切って盛るだけなんだがな…… 」
トライフルケーキは、スポンジをダイス状にカットして生クリームやカスタードとフルーツ等を器へ層状に盛り付けたもので、茜が落ち人としてこの世界へ来た当初からの大好物である。
実はこれ、仔猫の落ち人が茶菓子を好むと聞いた当時のヒューバートが、実家の料理人に作らせたものだった。
スープ皿に作れば食べやすいだろうと。
以来、このデザートは茜のお気に入りなので、食べている間は何を話しかけても取り合ってもらえない。
唯一、魔王の声だけは聞こえるようだが毎回先ほどのような対応なのである。
振り向きはする、何か対応はする。語彙力は死んでるし、自分の思ってる事をそのまま口にしているだけなので会話にはなっていない。
「それで、魔王様的にはどうなんだ? 」
「……どう……? 」
「ラウロに来たのは……何か意味があるのだと思うか……? 」
「…………ふむ 」
魔王と呼ばれた憂い顔の美青年は、長く艶やかな髪を揺らして執務机についた。
すると、突如机の上に複数の光が出現――光が止んだと同時にバサバサと音を立てて、分厚い本が何冊も通過の上に広げられた。
ヒューバートは心の中で「しまった……」と呟いた。どうやらこの『研究馬鹿魔王』のいらぬスイッチを押してしまったようである。
「まず―― 」
「いやちょ…… 」
「ヒューバートの言う『意味』と言うのが『女神の思し召し』もしくはソレに類するものだと仮定して答えるならば今回インキュバスであるラウロの元に優香殿が遣わされた事は我が魔人領の視点で見た時―― 」
ヒューバートは思わず頭を抱えた。
魔王になってからこっち『ソレらしい振る舞い』をすべきだろうと、この男エルサリオンの友人として忠告したのだ。
『何か発言する時は、一度頭の中で言ってから本当に言うべき事、伝えなくてはならない事だけを発言すればいい。半分以上自分にしかわからないお喋り好きなコミュ障魔王など舐められるぞ 』
と、それこそエルサリオンが魔王になって五十年程は口酸っぱく注意し続けていた。
最近では茜という守るべき大切な存在が出来たことで、多少落ち着いていたようだったのに……。
いまだに『落ち人』や『女神』の話となると専門分野とばかり、呼吸も忘れて捲し立てるように話し続ける。
スープ皿の甘味をひたすら貪る仔猫と、呼吸も句読点も忘れて話し続ける魔王。
白目剥く吸血騎士。
今頃ラウロは落ち人とラブラブなのだろう。
独り身の吸血鬼はなんとなく譜に落ちないモノを感じながらも、魔人領へと来てくれた落ち人様の今後を相談するべく魔王にツッコミを入れる準備をした。